自身の望まざる道を押し付けられたは、だけど抱えていたものを吐き出してしまうと、そのまま糸が切れたようにふつりと意識を手放してしまった。 それが最大限、現実を拒否しているという意思の表れであると同時に、無力な少女が出来るただ一つの自己防衛手段だったのかも知れない。 自分を取り囲む世界を閉ざすということは、ヤンにとっては酷く危ぶまれることのように感じたが、それに反しては異なった見解を示していた。 確かに、その後は部屋に閉じこもって、ヤンやユリアンの存在すら意識に入らないかのように放心していたが、それは全てにおいて拒否を示していたわけではなかった。 外界から心を閉ざしていた分、自分を構成する内界に向き合っていたのかもしれない。 書類上、の保護者となったヤンは、しばしばその様子を伺いにの部屋に赴いていたが、自身も微弱ながらに変化を見せていたから。 だからヤンは。少しずつ、ぎこちないながらも微笑むようになったに、ヤンはあるとき話した。 「、帰りたいと思うかい?」 「帰れる方法が、あるんですか?」 その口調は、期待してはいない口調だった。 もちろんヤンは、気休めのために言ったわけではなかったので、小さく肩をすくめて聡い少女の切り返しに素直に答える。 「出来たとしても、難しいだろうね。」 亡命してくる人間は多くいても、そこから更に大手を振って「やっぱり帰る」などと宣言したものはいない。 仮にも自由惑星同盟は個人の意思は尊重されるべきスタイルをとっているから、言ってみることもやってみる事も出来ないことではないだろうが、『出来ないことはない』というだけで保障など無い。 「。君にとってここは、大事な人がいない空虚な星なのかも知れない。」 ヤンは、ぼんやりと自分の手元を見つめるに続ける。 少しでも、未来の幅を広げてやりたかったから。 「でも、君は自由だ。やりたいことは何でも出来るし、私はそれに出来る限りの支援をしてあげたいと思うよ。」 「じゆう?」 「貴族というしがらみに縛られなくてもいい。行動を制限されることも、未来を制限されることも、もう無い。だから、君が心から帝国に帰りたいと望むなら、私はそれに対しても最大限働きかけることにしよう。」 「――ヤン提督」 頼りなさそうに、が顔を上げる。 信じられない、とでも言いたげな表情だった。 その言葉にはならない感情をそれなりに読み取ったヤンは、ぽんぽんと子供をなだめる手つきでの頭を撫でると、会話をそこで終わらせてしまったのだけれど。 そしてまた、は少しだけ外界を閉ざして、考え込む。 『少しだけ』というのは、多分与えられた自室ではなく、ヤンやユリアンが顔を合わせるリビングのソファの上で膝を抱えるようになったからかもしれない。 考え込んでいるときのは、声をかけても反応が薄いし、半分眠っているようにも見えるが、とりあえず暗い部屋の中から明るいリビングへと出てきたことに関して、ヤンとユリアンは少しだけ胸をなでおろしていた。 「ヤン提督、ユリアン。」 そしてまた、少しだけ日を置いてから、は不意に自分の保護者とその被保護者の名前を呼んだ。 あまり眠れていなかったのだろうし、あまり食べてもいない。 それをヤンもユリアンも知っているから、どうしても彼らの眼にはが憔悴しているように見えてしまう。 無論、ユリアンは毎日きっちりの分まで食事を用意してから学校に行っていたのだが、どうも食が進まなかったらしい。 「ああ!!どうしましたか?もしかしてお腹がすいたとか?僕何か胃によさそうなもの作ってきます!」 先に答えて、しかも飛び上がるように自己完結してキッチンに飛び込んだのは、ユリアンだった。 自身が答えるよりも先に一歩も二歩も先の、だけどどこかずれた的に矢を当てた被保護者に苦笑しながら、ヤンはに向かいのソファを勧める。 「あの…」 「若いって、いいねぇ。」 は何から話そうかと曖昧な笑みを浮かべて口を開いたが、ヤンはそれを見て取って思わず呟いた。 「あの…え?」 「いやいや、なんでもないよ。」 思わずが問い返しても、ヤンはのほほんと笑うばかりである。 どうも、この血縁関係が無い家族は程度の差こそあれ、自己完結に至る傾向があるらしい、と、はひっそりと分析する。 ぱたぱたと慌しいスリッパの音がして視線だけ向ければ、ユリアンが三人分の茶器を用意してのすぐ後ろまで来ていた。 「。ご飯、すぐ出来ますから、とりあえずこれで凌いでいて下さいね。」 そういって振舞われた紅茶に、はふっと緩むように微笑を浮かべる。 どこか吹っ切れたような、少し悲しそうではあるけれど無理の無い微笑に、ユリアンもほっとしたように表情を緩める。 「ユリアン。ご飯はあとでもいいから、ヤン提督と一緒に聞いてもらえるかな?」 考えが、少しだけまとまったから、と。 は一口、ヤンが格別な評価を与えているユリアンの紅茶に口をつけた。 じんわりと、滲むような暖かさに、はほうっとまた、小さく微笑む。 多分、気分をなだめているのだろうな、と判断したヤンは、同じようにユリアンの紅茶を飲みながら、が口を開くのを待った。 そして。 「ヤン提督、ユリアン。私、同盟が始まって以来類を見ないくらいの、歴史に名を残すような悪女になることに決めました。」 無論、突拍子も無いの宣言に、ユリアンとヤンが反射的に紅茶を噴出したのは不可抗力と言っていいだろう。 そして自分たちの反応など怯みもせずに、彼女は楽しげに笑ったのである。 「――あー、えっと、?どういう経緯でそういう発想に至ったのか、聞いてもいいかな?」 しどろもどろで問いかけるより先に、ヤンがに対する認識について、「笑顔をで爆弾を投げ込むのが得意」という項目を追加したことは、多分ユリアン以外は気付かなかったことだろう。 |
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