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同 盟 編 04




I knew that I cannot already do anything even if I cried even if I cried
―泣いたって叫んだってもうどうすることも出来ないと知ったんだ―





 将来の夢は盛大に壮大に『稀代の悪女』宣言をしたは、そこに至るまでの思考回路の経緯をヤンに問われたが、うふふふふ、と笑って「内緒です」と答えた。
 そのときのいかにも楽しそうな笑顔は、多分無理をしているわけでも何かを押し殺しているわけでもなかったように思えたけれど、ヤンにはがどこか鬱屈しているようにも見て取れた。
 それでも、演技でも何でもなく二人目の被保護者が現状に適応できるなら、と、ヤンは曖昧に笑ってそれに頷いたのだが、僅か一週間後には、彼はそれを激しく後悔することになった。
 ・フォン・クロプシュトックという大層な名前の、元を辿れば大層な血筋らしい貴族のお姫様は、かくかくしかじかで帝国から同盟へと強制亡命させられたその後は、トラバース法によってヤンの二人目の被保護者となった。
 一人目の被保護者であるユリアンより一歳だけ年上の少女は、しかしトラバース法で身元引受人が決まった以外、他のことに関しては何一つ決まっていなかったのである。
 無論それは、に限らず被保護者であるうちは受けてしかるべき教育機関だの何だの、ということであって。
 ヤンは当初、ユリアンと同じ一般学校へ入学させるべく手続きを進めようとしており、実際に見学との学力測定を兼ねて、ユリアンが学校へを連れて行った際に、彼女は入学試験どころか卒業試験まで、それはもう見事なまでにパスしてしまったのだ。


「今までずっと、家庭教師がいましたから。」


 自分の好きな科目以外は落第点のぎりぎりラインの成績を維持することが精一杯だったヤンは眼を見張ったが、保護者の知らないところで文武両道の優等生という道を歩んでいるユリアンの驚きはそれ以上だった。
 は「家庭教師が、」というし、ユリアンは実際に貴族の子弟や令嬢の教育現場など知っているわけでもないのだが、しかし、単純に考えて生粋の帝国人であるが、同盟の視点で記された歴史や戦史やらなにやらまで学んでいるとは思っていなかったのである。
 大抵貴族というものは総じて矜持が高いから、なおさらであった。
当の本人はのほほんと心理テストでも受けるような気楽さで望んでいただけに、その驚きは余計にであったのだろう。
 学力的には無駄にお墨付きを貰ったには、当然ながら途中入学の許可も下りたのだが、しかし彼女はやんわりとそれを断ってしまったのだ。


「一般学校へ通うのは、15歳までなのでしょう?」
「うん。その後は、自由な人生を歩んでいいってことになってる。」
「『いいってことになってる』?」
「――その後、軍関係の学校に進学したり、施設に就職したりすると、養育費を返還しなくていいんだ。」


 帰り道、そんな話をしたユリアンの表情は、少しだけ苦いものが滲んでいた。
多分それは、自分の未来を縛られることへの苦々しさではなく、『養育費』という言葉で表される、現在進行形で自分自身の存在が、まだヤンに対して支えるには至らない小さな存在であることへのものなのだろう。
 瞬時に察したは、それ以上会話を突っ込むことも無く、自分自身について考えることにした。
 学力的に問題が無いのなら、一年くらい早く社会に出てもなんら問題は無いだろう。
出来れば出来る限り早く。
それが、ひっそりとの内に潜む焦りでもあった。


、他に行ってみたいところはある?」
「えーっとね、図書館とか、パソコンが使えて色々調べられるところに行ってみたいな。」
「何か、調べ物?」
「うん。ちょっとだけね。」


 そして何も知らないユリアンは、の片棒を担がされる羽目になったのである。
せめて最初にが調べたいものが何かということを聞いていれば、聡明な少年は何らかの危機管理能力を発揮してを自宅に引き摺って帰ったかもしれない。
だが、実際にはそうならなかったせいで数日後にはヤンの元へとまた爆弾が投げ込まれたのである。


「ヤン提督。私、学校には行かずに軍に入ることに決めました。この書類の保護者の欄に、サインをいただけますか?」


 にっこりと。
それはもう凶悪なまでに美しい顔を笑みの形に変えたは、先日よりも破壊力を増した爆弾をひょいっとヤンのティーカップに投げ込む。
 先日同様、ヤンは盛大に口に含んでいた紅茶を噴出しかけて何とか押しとどまり、無理やり飲み下すとまじまじとと、が差し出した志願書類を交互に見やった。
 「何の冗談かな?」と、問い質したい所ではあったが、ヤン家の一員となってまだ日が浅い少女は、突拍子も無いことはひょいひょい口にしても、決してそれがふざけているわけではないらしいと判断したヤンは、黙って視線を書類の方に定めることにした。


、これは、何の冗談かな?」


 しかし、その書類に記された志願先を見た時には、もうそれを口にせずにはいられなかったらしい。
 どうにも失調しているらしい保護者の背中越しに、ユリアンがの出した書類を覗き込む。
 てっきり自分と同じ学校へ進むものだとばかり思っていたユリアンは、その書類の中で、名前ばかりはにぴったりなものを見つけて思わず叫んだ。


「『薔薇の騎士(ローゼン・リッター)』?!」
「はい!」


 その単語が見間違いでも聞き間違いでもないということは、やたらと嬉しそうに答えるの声からも明白だ。
 しかし、ヤンもユリアンもどうしても人形のように愛らしいと、『軍』という言葉が結びつかなくて言葉を失うばかりである。
 はたしてヤンは、固まった身体と表情の内側をフル稼働させてを見つめる。
一瞬、『薔薇の騎士(ローゼン・リッター)』?ああ、どこかの劇団かなにかか、なんて思考回路が逃避を始めそうになるのを何とか思いとどまらせて。


。」
「はい。」
「君はまだ15歳だろう?一般学校に行くべきじゃないのかい?」
「今日、ユリアンの学校の入学試験と卒業試験を受けてきました。もともと、成績優秀な生徒は半年単位で早く卒業できる制度があるとのことでしたので、問題はありません。」
「――しかし…。いや、それならすぐに入隊というのは、どういうことだい?士官学校という選択肢もあるはずだ。」
「必要ありません。私は、将校になりたいわけではないので。」
「軍にも部署は沢山ある。その中で、わざわざ『薔薇の騎士(ローゼン・リッター)』を選んだ理由は?」
「帝国から亡命した貴族子弟を中心にした連隊だと聞きましたので。」


 淀みなく答えるの口調は、多分覚悟の表れなのだろう、と、ヤンは思った。
 にっこりと微笑むはおそらく、ヤンが反対するだろうということも、それに対して出来る限り説得するための手段を、前もって揃えてきているのだ。
それも、もっともらしさだけは完璧にして。
 多分、自分は、最終的には折れてしまうだろうということを、ヤンは直感的に悟った。
しかし、それでも、どうしても譲れないラインもある。
どんなに日が浅くても、の保護者となったなら、なおさらに。


「――。軍人になりたいという、理由を聞かせてもらえないかな?」


 慌しく頭の中を落ち着かせて、保護者らしいことを言ってみる。
と、はこてりと不思議そうに首を傾げて逆に問い返してきた。


「それは、必要なことですか?」
「必須事項だよ。仮にも私は保護者という立場だからね。進んで歩ませたくない道もあるんだ。」
「自分の未来は、自分で決めていいと仰ったのに?」
「理屈と感情というのは、別物なんだよ。特に、私は軍が嫌いだからね。」


 もっともなの言葉に、ヤンは小さく苦笑を浮かべながらももらしく答える。
はヤンの言葉に納得したのかしていないのか、いまいち図りかねる様子で、しかしきちんと説明してきた。


「会いたい人に、会うためです。」


 実に、簡潔すぎる理由だ。
しかしのその簡潔すぎる言葉の中には、全ての感情を込めていた。
 酷く愛らしい顔は、酷く何かを愛しむもののそれで。


「同盟に来てしまった以上、正規の手続きで帰れないのなら、戦場以外の何処で会えるか、私にはもう分からないんです。」


 だからそのためには、どんな手段だって使うと決めたんです、と。
銃も剣も握ったことの無い白い手を握り締めて、もう何者にも屈しないという決意を秘めた、酷く美しい笑みで答えたに、だからヤンは最後の切り札ともいえる言葉を、紅茶と共に飲み込まざるを得なかった。
。だけど君が会いたがっている人たちは、君が戦場に出ることなんて望むだろうか」という、酷くずるい言葉を。






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2009/03/02 



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