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野 望 編 16




Will the day I extort it, and to be rewarded sometime when I fight and fought come?
―戦って 闘って 鬨って いつか報われる日は来るでしょうか?―





 ファーレンハイトの旗艦・アースグリムは、再三に渡る交信の末に、ラインハルトの本隊へ合流することを許された。
些か過度ともいえるやりとり行ったのは、この内戦の状況と両者の属する陣営、そしてアースグリムにが同乗しているということを考慮すれば、無理も無かったかもしれない。
 を人質としたラインハルト暗殺の可能性もゼロとは言えなかったため、アースグリムには一時無効化ガスを流すなどの作業も行われたが、ファーレンハイトはそれを拒まなかった。
 その甲斐あってか、ファーレンハイトは無事にをラインハルトに引き渡すことになったのである。
当然、ファーレンハイト率いるアースグリムも、歓迎とまでは行かないまでも、問題なくローエングラム元帥府に迎え入れられたのである。


「私事ではあるが、あれを無事に送り届けてくれて感謝する。」


 アースグリム内の士官室の一つで、殆ど前後不覚に眠りに落ちているに触れながら、ラインハルトは率直な感想を告げた。
 ようやく戻ってきたは、眼に見えて疲弊している。
エリーゼは、半分承知の上で拉致された節があるが、それでもこうして帰ってくるまでに、どれほどの心労があったことか、ラインハルトは想像できなかった。
それだけに、余計痛々しく見えるのは無理も無い。
 ファーレンハイトは少し慎重に言葉を選びながら答えた。


「いえ、小官はそれほどの事はしていません。申し上げにくいことながら、フロイラインも無傷ではありませんので。」
「何だと?」
「眼に見えるものでは、手のひらに擦過傷を。精神的にも、おそらく大分参っているでしょう。我々軍人には出来ないような方法で、ずっと貴族を相手に常に一歩上手を取っていました。あの要塞で、表立っては一人の味方も居ない状況で、です。」
「表立って、とは?」
「メルカッツ上級大将が、常に気にしておいででした。孫娘のようだとも。」


 僅かに肩をすくめたファーレンハイトに、ラインハルトもささやかながら苦笑を誘われる。
だが、門閥貴族という、度し難い人間の塊を相手にしていたにとって、それは確かに拠り所となっていたかもしれないが、一人二人が気にかけたとしても状況が変わるわけではないだろう。
 は未だ成人に満たない年齢であり、まして、ヴェスターラントの一件で酷く疲弊している。
 ヴェスターラントに放たれた核が、アースグリムによってその殆どが落とされたことを、当然ながらラインハルト陣営は知っていた。
同時に、監視衛星が打ち落とされたこともだ。
 しかし、がそれに同乗していたということは、ファーレンハイトが訪れるまで知る由も無かったのである。
 の行動によって結果的に奪われるはずの多くの命は救われたが、その情報を知りながらも黙認したラインハルトは、の帰還に喜びと同時に酷く動揺していた。
 それでも、アースグリムに直接乗り込んでの無事を確認したラインハルトは、そのまま眠るを毛布ごと抱き上げてブリュンヒルトへと戻っていく。
 後ろめたい感情を、の前で上手く宥められるかは不安であったが、ファーレンハイトの言葉を裏付けるが如く、はそのまま数日の間こんこんと眠り続け、前後して辺境からキルヒアイスが帰還したことも、自分自身が帰還したことすらも知らないままだった。
 当然、ヴェスターラント核攻撃計画を黙認した件について、キルヒアイスがラインハルトに真偽を問い質したことも、それが原因で二人の間がぎくしゃくしていることも、は知らない。
 ようやくが眼を覚ましたのは、そんな不穏な空気が流れるさなかであった。


「――ん……ラインハルト…ジー…ク………?」


 暇さえあれば、の眠る部屋で時間が過ぎるのを待っていたラインハルトとキルヒアイスは、ごく微量なその声にも、敏感に反応した。


、ようやく眼が覚めたか!」
「もう起きてくれないかと思ったよ。」


 二人の幼馴染は交互に言ったが、眼が覚めたばかりのは、そんなに急には思考回路がついてこない。
ぼんやりする頭を何とか動かせようと、ゆっくりと上半身を起こした。
 だが、少しの振動で頭に痛みが走る。
閃光と共に、瞼に焼きついた光景がよみがえりそうになって、は硬く眼を瞑りながら関係ないことを聞こうとした。


「ここ、何処?」
「ブリュンヒルトだ。ファーレンハイトがお前を連れてきた。」
「そう…。」
「後で、ファーレンハイト提督に礼を言わなくてはいけませんよ?」
「――うん。」


 しかし、は上手く逃げられない。
 あんなに聞きたかったはずの声なのに、あんなに会いたかったはずの二人なのに、の感情は上手くついてこない。
どうしてか、視線を合わせて微笑んで、再会を喜ぶ、という、ただそれだけのことが、酷く困難だった。
 ラインハルトとキルヒアイスもやや気まずい状態にあるため、沈黙に支配されてしまうとそこから抜け出すのは難しかった。


「何か、着替えられるものとか、あるかな?」


 ややあって、がまだ半分覚醒していないような声で口を開いた。
特に否定すべき理由もないラインハルトとキルヒアイスは、無言で立ち上がる。
 戦場では頭からつま先まで貴族令嬢を着飾らせるようなものなど無いのが普通であるが、それでも有能な司令官は有能な腹心に命じ、エリーゼが目覚めたときのための着替えを、きちんと用意していた。
ささやかながら、平定していった惑星に住む貴族から譲りうけたドレスを、エリーゼはなんともいえない思いで受け取った。


「従卒を呼ぼうか?」
「大丈夫。一人で出来るから。」
「俺は会議室に居る。終わったら来い、。」
「うん。」


 部屋のドアをすり抜ける寸前で、キルヒアイスが振り返る。
ささやかな心遣いをやんわりと断れば、今度はラインハルトが少しピリピリとした口調で続けた。
 『俺たち』と、複数形で言わないところにラインハルトの微妙な心境が見え隠れしていたのかもしれない。
結局のところ、キルヒアイスも無言のままラインハルトについていき、二人はが着換えている長くて短い時間を、気まずい雰囲気の中で過ごすことになったのである。
 さえ戻れば、以前のような関係に戻れると、少なからず思っていたのはラインハルトもキルヒアイスも同じことだった。
二人の関係は、どこかにそれが暗黙のルールになっている。
自分達の中が悪いことほど、アンネローゼとが悲しむことなど無かったからだ。 今までは。
 しかし、今はアンネローゼは此処には存在せず、ようやく戻ってきたも何処と無く様子がおかしい。
ラインハルトとキルヒアイスを今までどおりに戻してくれる空気が無かった。
 そしてその原因が、おそらく共通の場所にあることを、三人は理屈ではなく肌で感じ取っていた。


「どうすれば、いい?」


 場所も心境も立場も違う三人は、同時にそう思いながらも答えを導き出す術を見つけられなかった。
そしてそれはラインハルトとキルヒアイスとの三人に共通していることであったが、それを打開するために必要な行動力を、最も素直に行使する柔軟性を持っていたのは、ただ一人だった。
 それは、若さの成せる技であったかも知れないし、自分が感情より理性を優先しなければならない軍人ではなかったからかもしれない。
 は適当に着替えを済ませると、ラインハルトに言われた通り、会議室に向かった。
勝手知ったる、とまでは行かないものの、ブリュンヒルトに乗艦するのは初めてではなかったし、建物の構造を覚えるのは秘かな特技だったりする。
 は迷わず会議室のドアを開くと、その中でそれぞれ仕事をしていたラインハルトとキルヒアイスに、微笑を向けた。
この状況下で満面の笑みと言うわけにはいかなかったが、それはには確かに許されたものなのだ。
 公平に考えても、の世界は狭くて寂しいものだった。
その中で、彼女に無償の愛情を与えてくれていた時間が、彼らとの時間なのである。
仮にラインハルトやキルヒアイスがこの宇宙の全ての生命を奪おうとしたところで、には微笑んで彼らに抱きつく権利があるはずだった。
それを黙認するかしないかは、また別の問題としても。


「ジーク、ただいま。」
「お帰り、。随分心配したよ。」


 赤毛の兄は、真っ先にに駆け寄って、その小さな身体を抱きしめた。
もそれに答えて、両腕をキルヒアイスに回す。
しっかりとその存在を確かめるように抱き合ってから、は今度はラインハルトの方へ振り返った。


「ただいま、ラインハルト。」


 ねだるように両腕を伸ばせば、ラインハルトもそれに答えてくれる。
再会の抱擁にしては、随分と強い力で抱きしめられて、の呼吸がつまった。
 しかし、それが、どういう意味なのか、にもキルヒアイスにも、充分すぎるほど理解できた。
 まるで許しを請う幼子のように、無言で自分を抱きしめる背中に手を伸ばして、はラインハルトの腕の中で囁いた。


「ラインハルト、ヴェスターラントの核攻撃を、黙認したというのは本当?」






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2008/09/15 



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