瞼を焼く程の華々しく飛散した光は、の背筋を凍らせるに充分すぎるほどの力を持っていた。その、悪趣味なまでに派手な花火は、それを見慣れていないものにとっては戦慄の対象でしかない。 驚異的な速度を持って、今まさに核を放った直後のヴェスターラント核攻撃隊に追いついたアースグリムは、有無を言わさずその攻撃隊ごと核弾頭を打ち落とした。 しかし、それでも全ての核を打ち落とすことは不可能であった。星ひとつ丸ごと焼き払おうとした核のいくつかは、アースグリムの射程範囲をするりと抜けてヴェスターラントに吸い込まれていったのである。 大気圏の遥か向こうに、その光を確認したは、艦橋の画面を食い入るように見つめたまま、その小さな手を握り締めていた。ファーレンハイトが無造作に結んだハンカチの下で、新たな血が滲んでいる。 いつかと同じように、滑り落ちるような速度で表情が消えていったの顔を、ファーレンハイトは僅かに眉を寄せて見つめている。戦場を知らないで生きていた少女が最初に眼にする光景としては、残酷極まりないものであった。様々な意味でだ。 更に強く、が唇を噛んで、爪が食い込むほどに手を握り締めたのは、その惨劇の一部始終を記録している監視衛星を見つけてしまったためでもある。 「高みの見物を決め込んだの?知っていて、利用したの?」 ブラウンシュヴァイク公が自身の領地を滅ぼすのに、わざわざ監視衛星を送ると言うことは、考えにくかった。彼はヴェスターラントに関して、「自身の持ち物の一つ」という認識しかしていない。言い換えれば、ものを一つ廃棄する様を見たところで、娯楽にはなりえないのだ。今頃は、ヴェスターラントがどうなったかさえ、興味の欠片も存在していないかもしれない。 つまり、この監視衛星は別の人物が送った可能性が示唆された。知っていて、利用したのだ。 何のために? この内戦を終わらせる材料として。 誰が? そんなの、一人しかいない。 「あれを、破壊して。跡形も無く、消して。」 思わず振り返り、誰の声か確認しそうになるほど、ぞっとするような冷たい声に、ファーレンハイトは静かにの肩に手をかける。 核弾頭に比べればささやか過ぎる火花を上げて、監視衛星はの希望通りに破壊された。 ラインハルトが、あの監視衛星を通してヴェスターラントの何を見たのか、想像したくなかった。それは、本当にラインハルトが望んだものだったのだろうか。 「そんなはず、無い。」 そんなはずは無いと、そう思い込みたかった。 掠れる様な声が、の咽喉の奥から漏れる。小さな体が小刻み震える様を見て、ファーレンハイトはゆるりと口を開いた。慰めにはならないことを知っていても、それでも言わなければならない言葉があったのだ。 「だが、のおかげで生き延びた命もある。」 そしてそれは、なにもヴェスターラントのものだけに留まらないだろう。ファーレンハイトも同様、その監視衛星の意味を悟ったが、軍人である分、オーベルシュタインがラインハルトに進言したことの意図もより幾分すんなりと理解できた。 ただし、理解出来たのと納得できるのとはまた、別問題である。 「――ヴェスターラントには、二百万人が住んでいたそうです。二百万人のうち、仮に百九十万人が助かったとしても、十万人で済んだと喜ぶ気にはなれません。」 「では、二百万人全員が死に絶えて、星ごと滅ぼして、その存在全てが無かったことにした方が良かったか?」 ファーレンハイトの言葉はにとって酷く受け入れ難かったが、はそれを理解せずには居られなかった。 言いながら、ファーレンハイトはの頬を拭った。無表情の顔に、涙が緩い軌道を作っている。はそこで初めて自分が泣いていることに気付いたが、どうしてもそれを拭うことができなかった。 困惑したように、少しだけ俯いて、だけどもう一度顔を上げる。ゆるりとした動作でファーレンハイトを見上げて、幼馴染よりも少し薄い水色の眼と視線がぶつかった瞬間、今まで無表情であったの顔がくしゃりと歪んで、深紅の眼に涙が更に溢れた。 「でも、止めたかったんです。止めなきゃいけなかった。私が。」 それが、ラインハルトが黙認したことであるのなら、なお更。 全部終わってしまって、監視衛星を見つけて、こうなった経緯がありありと推測できた。だからこそ、自分が止めなければならなかったのだ。ヴェスターラントのためにも、彼のためにも、自分のためにも。 は全身の糸を断ち切られた操り人形のように、冷たい床へ崩れ落ちた。 「ごめんなさい」 嗚咽の隙間を縫うように吐き出された言葉。その謝罪は誰に向けられたものだったのか。ファーレンハイトはそれを察することは出来なかったが、今自分がするべきことは、きちんと理解していた。 艦橋の、冷たく無機質な床に崩れ落ちたをそっと抱え上げる。 「休みなさい。は一人で戦い過ぎだ。抱えきれる以上のものを、抱えすぎている。」 軍人という立場からでは到底出来ない方法で、は戦い続けていたのだ。本来であれば、そんな必要も無く守られている筈のに、ファーレンハイトは視界を塞ぐようにの顔を寄せた。負荷が掛かりすぎた小さな身体を労わるように。 「このまま貴女をローエングラム侯の下へ送ります、。」 ファーレンハイトの声がに届いたかどうかは定かではない。 その体が崩れ落ちると同時に、の意識の方も、深い闇の中へ吸い込まれていった。 |
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