Replica * Fantasy







野 望 編 05




And now she wakes to another grey day in the big blue world.
―ぬけるような青く広い世界の中で また灰色の朝に眼を覚ます―





 名乗っても居ないのに自分のことを言い当てられて、は少し驚いたが、だがそれも直ぐに納得した。良くも悪くも自分は噂が絶えない身であるし、そもそも貴族の社交界ではこうしたことは日常的にあることだ。目の前のこの女性も、いわゆる貴族令嬢らしい令嬢ではないように見えても、立派な貴族なのだろう。


です。とお呼びくださいね。えっと、すみません。私は少し不勉強なもので。お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「ヒルデガルド・フォン・マリーンドルフと申します。私のこともどうぞヒルダと呼んで下さいませ。」
「マリーンドルフ…と言いますと、もしかしてヒルダ様のお父様はフランツ様でいらっしゃいますか?」


 驚き半分、嬉しさ半分といった表情で、は眼を輝かせてくる。その無邪気さに圧倒されながらもヒルダが肯定すれば、は嬉しそうに手を叩いた。


「まあ、フランツ伯父様にはお嬢様がいらっしゃったのですね?私、少し前にヒルダ様のお父様にはお世話になりましたの!お元気でいらっしゃいますか?」
「ええ。父は元気ですよ。父も、ローエングラム侯のご活躍を聞かれては、その度に様のことを話していました。」


 実のところ、ヒルダはのことを話でだけは、少なからず知っていたのだ。それは、昨年のカストロプ動乱の折に、キルヒアイスがマリーンドルフ伯フランツの生命を救ったことに関連してであり、ヒルダ自身は間接的な話としてであったが、それでも少なからず関係があることは確かである。
 にこりと、ヒルダは年少者に向かって微笑えんだ。それを受けて、も柔らかく微笑む。それぞれ異なった少女達が浮かべる微笑に、その場だけ花が咲いたように華やぐが、本人達はそんなことは意識していなかった。
「では、こちらへどうぞ」と。がヒルダをエレベーターの方へ促す。驚いたように、ヒルダは眼を見開いた。ヒルダの驚きに、は悪びれもせずに答える。


「理由がはっきりしないうちは、ラインハルトの所にはお通しできないんです。でも、私は別に元帥府の人間ではないので、私の部屋に誰を招こうと怒られませんから。」


 だから、お話は私の部屋で、と。
何だか無茶苦茶な理論だ。元帥府の人間ではなくても、普通もう少し警戒するべきであろうし、そもそも元帥府の人間でないのならば、どうして彼女の部屋が用意されていたり、そこまで自由な行動が許されるのだろう。
どう答えたものかとヒルダが曖昧に微笑めば、は更に笑って続ける。


「大丈夫です。エレベーターはそれ自体が武器探知機になっていますし、私の部屋がある階は、入るときも出るときも登録された個体情報が鍵になっていますから。ヒルダ様は安全ですし、もし私を襲おうとお考えになっていても、その後は逃げられません。それに、軍部に関するものは、何一つ置いていませんから、情報集をなさろうとしても、無駄なんです。」


 うふふふふ、と笑いながら、は「凄いでしょう?」と言い出さんばかりの無邪気さを持って説明する。
 確かに、そこまで警戒網を駆使していれば、に取り入った何者かが元帥府を探ろうとしても無理だろうし、彼女自身によからぬことをするためには、生命の覚悟を持ってその任を追わなければなるまい。
 感心すべきセキュリティがを守り、ヒルダを監視しているに違いないのだが、このままではは、自室に完備された最新のシステムキッチンや、ジャグジー風呂、紗が引かれた天蓋付きベッドについてまで「凄いでしょう?」と話し出しそうな勢いだ。とても実感などもてるはずが無い。だが、そういう問題ではないのでは、なんて、思っていても意味は無いだろう。
 つまり、自分はローエングラム侯の面会までは行かなくても、の客人として迎え入れられたのだと、やや無理やり自分を納得させて、ヒルダは更に曖昧に微笑んだ。


「それで、ヒルダ様はどのようなご用件でラインハルト…ローエングラム侯に御用でしたの?」


 まだエレベーターが止まらぬうちから、はくてんと首をかしげて問いかけてくる。部屋で聞くというのだから、のんびりしているかと思えば、他に人目もないからと、エレベーターの中で話を振ってくる。
 こちらが急いていることを、気遣われたような気がして、ヒルダは少しだけ苦笑を浮かべた。そして、僅かに背筋を伸ばして、自分より少し身長が低いを見下ろす。


「このたびの内戦に際し、マリーンドルフ家はローエングラム侯へお味方させていただこうと思いまして。」
「それは「ほう、それは興味深い話だな。」


ちん、と。エレベーターが目的の階へたどり着いたことを告げ、扉が開かれる。ヒルダの言葉にが答えるより早く、ラインハルトの声が重ねられた。


「っ!」
「あ、ラインハルト」


はごく自然に応じたが、突然その人物を前にしたヒルダは思わず身を硬くした。どうしてこう、元帥府では予想もしなかったことが多く起きるのだろうか。
だが、ヒルダの焦りなどまるで気付きもしない二人は、のんびりと会話を続ける。


「どうして此処に居るの?」
、お前がリュッケに俺のところに内線を入れるように言ったのだろう?いつまでたっても来ないから、様子を見に来た。」
「そういえば、そうだったかしら?」


 思い出したように答えるに、ラインハルトは一つ溜息で応えて、そしてが連れてきたヒルダを見やった。
 内線で、リュッケがの訪問を告げたときに、「美しい女性をお連れですよ」と要らぬことを言っていたが、確かにラインハルトの眼から見ても、ヒルダは美しかった。おそらく、そう思わせたのは殆ど化粧気がない様が大きかったのだろう。ラインハルトは自身が侯爵号を受けたにも関わらず、貴族というものに対する偏見が激しかった。
 ラインハルトの視線に、ヒルダは少なからず居心地の悪さを覚えたが、それでもその視線から逃げることはしなかった。何しろ、自分は試される側にあるといっても言い。マリーンドルフ家の今後の行く末は、ヒルダがラインハルトを納得させられるかどうかにかかっているのだから。


「フロイライン、こちらの令嬢が無茶を言ったようで申し訳ない。」
「いいえ。こちらこそ、お時間を割いていただいて感謝いたします。」


 少し間があってから、ラインハルトは表面上、苦笑めいたものを浮かべてヒルダに話しかけた。一体どのあたりを指して無茶と言っているのか、ヒルダも少しだけ微笑んだが、彼女は自分の目的を誤魔化されることは無かった。
 空気が、既に政治・外交レベルの問題に移ったことを肌で理解したも、一つ笑みを浮かべて部屋の中へ二人を促した。






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2008/07/11 



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