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野 望 編 04




And now she wakes to another grey day in the big blue world.
―ぬけるような青く広い世界の中で また灰色の朝に眼を覚ます―





ラインハルトが元帥府を開いてから、そこに日参することは既にの生活の中に根付いていた。その日も、いつもと同じように元帥府へと軽い足取りで歩いていただったが、その視線はある人物を見つけて、彼女は首を傾げる。その視線の先のロータリーで地上車から降り立った人物が、暗くくすんだ色調の金髪を短くした、軍服を纏わない人間だったからだ。首を傾げたのは、一見少年のように見えるその人物がピンクのスカーフを首元に巻いていたからである。
今まで、殆ど社交界と縁の無かったは知らなかったが、美しい割にあまり女性性をかんじさせないその人物はヒルデガルド・フォン・マリーンドルフといった。
興味を引かれたは、特に気配を殺すこともせずにヒルダのあとをこっそりつけていく。の視線にはどうやら気付いていないらしいヒルダは、一度窓口に寄り、なにやら窓口の青年に微笑むと、そのままラウンジのソファに腰掛ける。
それを見てから、は同じように窓口によって、青年士官に声をかける。


「おはようございます。」
「ああ、フロイライン。おはようございます。今日は元帥閣下は執務室にいらっしゃいますよ。」
「ありがとうございます。ところで、あちらの方はどなたですか?女性の方がいらっしゃるなんて、珍しいですね。」


とても興味深々のその言葉にも、窓口の業務を担当するリュッケは苦笑を浮かべただけで答えた。


「元帥閣下にお会いしたいのだそうです。これからお時間があるか聞いてみるところですよ。」
「ラインハルトのお客様?」


いささか顔が輝いたのは、リュッケの見間違いでは無かっただろう。の頭は、瞬く間に飛翔したのだ。
つまるところ、彼女はヒルダをラインハルトの恋人か何かだと思ったらしい。見兼ねたリュッケが、「おそらく違うと思いますよ」と、主語も無しに呟けば、酷くがっかりした表情を浮かべた。


「でも、これからという可能性もありますし…」
「フロイライン…」


元帥閣下がお嘆きになりますよ、とは、さすがにリュッケの口からは言えなかった。
元帥府の一般兵士や下士官の中には、が誰と「くっつく」かを賭けている者も多い。むろん、好意的な意味でだ。
そんなことは露知らず、は一人でぶつぶつと呟いていたかと思えば、途端に満面の笑みをリュッケに向けた。


「女性を待たせるなんて、いけませんよね?」
「はぁ、まぁ、そうですね。」
「あの方は、私がお連れしますので、リュッケ中尉はラインハルトに『これからが向かいます』とだけ、お伝えしてくださいますか?」


殆ど異義を受け付けないであろう浮かれようで、はくるりと身を翻した。どうやら、あのご令嬢は元帥府をサロンか何かと間違えているらしい。
それでも苦々しく思われないのは、おそらく『貴族は平民を道具としか思っていない』という固定観念を、が見事に無視しているからであろうが。
リュッケは金髪の女性に足取りも軽く近寄る銀髪の少女のうしろ姿を見ながら、一つ溜息をついてラインハルトに内線をかけた。
そしてはというと、彼女は我が家の如く元帥府に出入りしていたが、むろん我が家と認識していたわけでは無かった。
たとえ元帥府には自分専用の部屋があり、キッチンから寝室からバスルームからダイニングまで、クローゼットの中には数々のドレスが装備されていても、元帥府においては自分がイレギュラーな存在であることをきちんと理解していたのである。
したがって、どんなに浮かれていても必要最低限の手順を省くことはなかったのだ。


「失礼します。元帥閣下に御用だそうですね。面会のご予約をなさってますか?」


突然声をかけられたヒルダの方は、驚いたように勢いよく振り向き、声をかけてきた相手を見て、更に二重の意味で驚いた。
まずはその異質な美しさに目を見張り、次いでそれがクロプシュトック候だと判断して、息をのんだのだ。クロプシュトック事件から立て続けに噂のネタが尽きない少女は、ヒルダが思っていたよりもずいぶんと幼い印象を受ける。
実際、は現在16歳になったばかりだった。噂の内容と実際ののギャップに戸惑った、というのが、今のヒルダを現すのに一番適切だった。
しかしヒルダも貴族令嬢の端くれである。そういった表面的な感情の流れを一瞬で水面下に押しやると、婉然と微笑んで答えた。


「いいえ。ですが、多くの人の命と希望がかかっています。元帥閣下はきっとお会い下さると思いますけど…」


年長者の余裕を持って答える。だがそれは、貴族特有の高慢な余裕ではなく、きちんと礼節を守った余裕だった。すると少女は、少し困ったように笑って、考えながら口を開く。


「えっとですね。それだけ大変な内容でしたら、ラインハルトはきっと会ってくれると思うんです。でも『大変な内容のお話があって、お客様がいらしてます』ってラインハルトの耳に入るまでは、凄く時間がかかるので、差し支えなければ、お聞かせ下さいませんか?内容によっては、私はお連れ出来るかもしれません。」


思えば、別に元帥府に属しているわけでもないが言ったところで、説得力など皆無に等しいのかも知れない。
だがヒルダは冗談などではないと判断し、軽く微笑んで答えた。


「では、少しお時間をお貸しください。フロイライン・クロプシュトック」


 その言葉に、今度はは少し驚いたように眼を見開いた。






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2008/07/07 



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