「将来の夢?」 部活も終わり、シャワーも着替えも済ませて部誌を書いていたは、作業をしながらの会話に困ったように首を縦に振った。 何となく話題に上がったのは、国語の時間にかけなかった「将来の夢」という何ともありふれたテーマの作文のことで、聞けば一文字もかけなかったらしく、家で書いてくるようにと言われたのが非常に憂鬱らしい。 何だかんだ言いつつも、毎回が部誌を書き終わるのを待っていることが日課となった跡部が、そんなに悩むことかと思い、なりたいものが無いのか?と聞けば、は更に困惑して首を傾げる。 「う〜ん…、そもそも、『夢』って、何だろうなって思って。」 「別に今適当に書いたからってそれにならなきゃいけないわけじゃねぇだろ。とりあえずその原稿用紙を適当に埋めればいいじゃねぇか。」 「でも、なんかそういうのって誤魔化してる気がしませんか?」 「じゃ、"夢"とか断定しないで、将来どんな暮らしがしたいのか試しに言ってみろよ。」 真面目に考えすぎるからいけねぇんだよ、と。 跡部がテキトーに言って、ためしにの将来のビジョンはどんなものかと尋ねれば。 「えっとね、高校に行って大学に行って就職して、25歳くらいまでに結婚して、30歳までに一姫二太郎三なすび生んで、一番下の子が中学校卒業するまでは専業主婦して、その後は働きに出るの。仕事は体がもつまでやって、老後は夫婦円満に縁側で緑茶とか飲みながらのほほんと人生の幕を閉じる。」 「――随分具体的な人生計画だな。」 感心するべきか呆れるべきか、咄嗟には判断しかねる返答に、跡部は苦笑を浮かべだが、は酷く真面目に答えてくる。 どうやら、『将来の夢』を含む『未来』について、彼女は真剣に思うところがあるらしい。 「だって、30代半ばを過ぎると、とたんに妊娠し辛くなっちゃうって聞いたことがあるから。だから、若いうちに結婚して子供生むんです。」 「は、子供が欲しいのか?」 つまり、の「将来の夢」というのは、「お嫁さんになりたいの」という、はっきり言ってしまえば幼稚園児レベルのものなのだ。 本人ははっきりとはそう言わないし、思ってもいないのかも知れないが、そこに考えが行き着いてしまった跡部は、思わず口元を吊り上げた。 彼にしてみれば、が望むならすぐにでも入籍するくらいの気持ちが、この少女に対してはあるのだ。 話の流れがそちらに向かえば、彼はその足でを両親に紹介するくらいの気分でいたのだが、の話はどうも未来にばかり焦点が当てられていて、いっこうに現在の跡部に向けられない。 「うん。自分の子供はいっぱい生みたいな。それに、ちゃんと育ててあげたいから、子育てしてる間は、旦那様に頑張ってもらって専業主婦をするの。」 「じゃあ、子育てから手が離れたあとも、働く必要が無いくらい稼ぎのいい旦那を見つければいいじゃねぇか。」 「そんな玉の腰に乗れる確立なんて、当たらない宝くじに頼るようなものじゃないですか。それに、仮にそんな旦那様を見つけても、離婚されずにいられるとは限らないもん。」 跡部は暗に自分を主張してみる。 それなのに、は恐ろしいほど綺麗にそれをばっさりと切り捨てた。 それどころか、「何言ってるんですか」とでも言いたげな表情で見つめられて、跡部はがっくりと、磨き上げられたこの机にのめりこみたい気分になる。 その関係が始まってまだ日も浅いとは言え、仮にも恋人という関係にカテゴライズされる相手を前にして言うことなのだろうか。 「それに、旦那様に関してはそこまで求めてませんから。なんていうか、旦那様より子供が欲しいというか。だけど、残念ながら子供は旦那様との共同制作だから、相手を見つけないといけないんですよね…」 「そんなに子どもが欲しいなら、手伝ってやろうか?」 いやいや、が鈍いのは今に始まったことじゃない。 そう気を取り直して、跡部は今度はの眼を真正面から見て言ってやった。 互いに身も蓋も無い会話を交わしているというのに、それでもの話はようやく未来から現実に視点を戻したかと思っても、跡部まで行き着かない。 行き着かないまま、目の前に居る跡部が『彼氏』であるということを、まるで綺麗さっぱり忘れているとでも言いたげに眼を真ん丸く見開いて、言い放ったのだ。 「跡部先輩が?そんなの宝くじに縋るくらい無謀な博打ですね。」 「――、お前、覚えてろよ。」 博打に勝たせてやるよ、と。 急に低くなった跡部の声に、思わずはびくりと姿勢を正した。 同時に眼が気まずそうに宙を泳ぎ始める。 流石に地雷を踏んでしまったことには気付いたようで、なにやら口をもごもごさせているようだが、跡部はそれを待ったりしなかった。 謝罪はもう遅い、と言わんばかりに顔を近づけて、の口を塞いでしまったから。 |
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