「あなたのそれは、ただの偽善だ。」 オーベルシュタインの物言いは、オブラートに包むという表現技法を生まれるときに母親の胎の中に捨ててきたかと思わせる程遠慮が無い。 だがそれは、自他共に認めるものであるから、今では元帥府に属するものは殆ど誰も気にしなかった。 「苦々しく思わない」ということとはまた別の割り切り方であるが、とにかく今さらとやかく言ったところで改善など全く持って見られないと誰もが承知しているのだ。 無論、も同様である。 だから、は唐突にそう言われても、特に動じたりはしなかった。 だが、その言葉に反応したのは、いわれない中傷を受けた本人ではなく、周囲の人間だったのである。 「もう一度言ってみろ、オーベルシュタイン。」 あの、温厚なミッターマイヤーでさえ、表情を強張らせてオーベルシュタインを咎めようとしたが、彼は何ら変わらずに同じ言葉を繰り返す。 「フロイライン・クロプシュトックの行動は、偽善だろうと申した。」 『偽善』という言葉の意味を反芻してから、ビッテンフェルトは掴みかかろうとしたが、それより早く応じたのは本人だった。 「偽善ですけれど、害にはならないはずですから、ご安心ください。」 笑って答えるところではないな、と、ロイエンタールは思う。 だが、の一言でビッテンフェルトが掴みかかるタイミングを失ったのは不幸中の幸いであった。 何しろ彼は、何時でも何処でもオーベルシュタインに掴みかかる機会を狙っている。 後始末をする身のことなど、頭の片隅にすら引っかかっていない。 「怒ってもいいところだぞ、。」 まるで言葉の攻撃からを守ろうとするように、ミッターマイヤーが憮然としながらの肩を掴む。 確かに、自分の行動を偽善と言われたのだから、には怒る権利があるはずだ。 だが、自分自身が純粋培養の天使ではないことを知っているは、広義の意味ではオーベルシュタインの言葉も間違ってはいないと判断したらしい。 「人間ですもの。本当に純粋な意味での善意なんて、そうそうありません。多かれ少なかれ、自分へのメリットが絡んでいれば、偽善と言えなくも無いでしょう。」 ふにゃりと笑って、はミッターマイヤーの手に触れる。 その笑みが、どこか『落ち着け』と言われているようで、ミッターマイヤーを始めとする幕僚達は、苦虫を潰したような表情を見せながらも黙らざるを得なかった。 言われた本人が大人の対応をするのなら、周囲がそれを煽るのは無意味である。 彼女はまだ少女であるが、少女であるが故のその思考回路に舌を巻かされるのは、珍しいことではなかった。 自分が予想していたような反応とは異なった反応を返されたオーベルシュタインも、黙したままを見つめる。 次はどう出るか、内心どこかで身構えながら。 そしてはその期待を裏切ることなく、無邪気に応えたのである。 「オーベルシュタイン提督こそ、どうしてそう、ご自分を悪者にするような言い方をなさるんですか?そういうの、『偽悪』って言うの、ご存知です?」 |
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