基本的にルウは、人に強要することをしない。 束縛もしない。 奪うこともしない。 だけどそれは、どうやらこの娘に対しては例外らしい、と。 ケリーはブラックコーヒーを口に含みながら認識を改めた。 「ルウ。ルウってば。わざわざご挨拶に来てまで抱き着かないでよー!」 「いいじゃない。後でクッキー焼いてあげるから。」 可愛いらしい少女は、可愛いらしい動作でルウの腕の中をもがくが、酷く魅力的なルウの申し出に僅かに反応が止まった。 ルウの料理の腕前を考えれば、無理も無いのだが、だが彼女は、今日ケリーとジャスミンを訪ねた目的を忘れたりはしなかったから、きっぱりとその誘惑をはねつける。 「え〜?」 ルウは面白そうに抗議の声を上げながらも、腕の中でもがくを離す様子は無い。 ケリーからしてみれば、ルウも可愛い天使という部類に入るから、二人が戯れる様はせいぜい小動物が戯れる様と変わらないのだが、同じ光景を見ていたジャスミンは呆れたように声を上げた。 「海賊、私は娘が出来たと聞いたからきたのだが、お前とルウの娘なのか?」 「バカ言ってんじゃねぇよ。天使の娘だが、俺の娘じゃねぇ。」 「生物学的には、実はルウとも親子じゃないんです。」 「ああ!!」 眼の前で飄々と交わされる大型夫婦の会話に、はルウを振り払って飛び込んだ。 ルウは娘に拒否された父親さながらの悲痛な声を上げる。 結局、妥協の果てに抱きしめられた状態から手を繋いだ状態に納まって、は礼儀正しく眼の前のケリーとジャスミンに頭を下げた。 「お騒がせしてすいません。」 ケリーに、というよりは、主にジャスミンに挨拶をしにきたは、初っ端から出足をくじかれたようで、改めて目の前の大型夫婦を見上げると、さてどうしようかと考えてもいるようだった。 「しかし、いいのか?天使。」 「何が?」 不意にケリーが苦笑と共に口を挟み、ルウはの手を握ったまま視線を向ける。 釣られても視線を上げれば、ジャスミンと眼が合った。 少しグレーが差した蒼い眼を、はとても綺麗だと思う。 ジャスミンはジャスミンで、の一点の曇りも無い紅い眼を、感心したように見ていた。 そのまま、なんとなく反らすに反らせなくなった女性二人の見つめ合いを完全にシカトして、男性二人は不毛な会話を交わす。 「姫天使の後見人に俺を選んだのはお前だろうが、天使。」 「う〜ん、そうなんだけど。がもし『私大きくなったらパパのお嫁さんになる』とか、キングに言い出したらどうしよう?僕もまだ言われたことないのに!」 「お、血は繋がって無いから、離婚が成立したらそれもいいな。」 何やら論点がズレて来ている。 むろん、視覚と聴覚は別物であるから、ケリーとルウの不毛な会話を聞いていた、ジャスミンとは、不毛な見つめ合いをどちらともなく終わらせて会話に割り込んだ。 「海賊、未成年は駄目だぞ。」 「ルウ。私、愛人も側室もイヤだから、妻帯者にはそんなこと言わないよ?」 しかし、突っ込むのかと思えば、こちらも相当論点がズレている。 「側室なんて難しい言葉、よく知ってるな」 「ケリーも、ルウは何でも真に受けるからからかわないでよ。」 ケリーがの頭を撫でれば、は頬を膨らせる。 その様子を見て、思いの外ケリーの父親像に違和感が無いように見えたジャスミンは、一つ肩を竦めてルウに問い掛けた。 「冗談はさておき、本当にいいのか?ルウ。」 「何が?」 ジャスミンは先程のケリーと同じ言葉で問い、ルウは先程と同じ言葉で答える。 それは、主語が省かれた問いに向けられているのか、それともはぐらかしているのか、ジャスミンには分からなかった。 だが、彼女は譲らない。 「僕は、に一番いい選択をしたと思っているよ?」 信頼に足る保護者を選んだのだと、ルウは答える。 ジャスミンの言葉に、「違うの?」と首を傾げて続ければ、ケリーとジャスミンもごく短く頷いてそれに応える。 「じゃあ、何でそんなにに執着する?」 その問い掛けには、自身も是非とも答えを聞きたいところであった。 デルフィニアにいた時も、ルウはに構っていたが、こちらに来てそれはより激しくなっている。 がルウを見上げれば、ルウは顎に手を添えて考え込んでいた。 「う〜ん…僕と君達の時間が、違うからな?だから、焦っているのかもしれないね。」 言いながら、ルウは再びを抱き寄せる。 その存在が確かなものであることを確認するかのように。 「こうして触れ合える時間は、僕にとっては本当に短いから。」 「ルウっば…」 その話をされると、はいつも困惑を隠せない。 彼女はラーではないから、人間のそれとは違う時間の流れなど理解出来なかったし、加えていつかは平行した別の世界に帰る身だ。 それは、ルウも、承知しているはずなのに。 あるいは、承知している、から? 「にとっては、褪せるどころか朽ち果てた記憶かもしれないね。何しろ僕でさえ、覚えていないくらいだから。」 でも、僕は知ってるんだ、と。 そしてルウが続けた話は、もう何度もが聞いた話だった。 「君は僕が生んだ。だから僕の娘なんだ。その事実だけは、何度生まれ変わっても、褪せることがない。」 生むとか、娘とかの定義が、人間のそれとは違うことは否定しないけどね、と。 正直、親子の関係や、血縁という関係の者からの愛情を、殆ど実感したことが無いだったが、ルウが自分のことを、ただ慈しんでくれているということは、よく分かったから。 「、お嫁に行くまでは僕の側にいて。」 「もう、これじゃあどっちが子供だか分からないじゃない。」 呆れ口調で言い返しながら、滑らかなその頬にキスを一つ。 「大好きだよ」と、付け加えて。 |
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