テニスコートの端から、もう大分散ってきた桜の木を見上げている小さな女の子の姿を見つけて、こっそりとストレッチを抜け出してみた。 洗濯物の籠を抱えて桜の木を見上げているちゃんは、いかにも桜色が似合う女の子で、黙っていれば桜の妖精にでもなれると思う。 けど、黙ってるちゃんなんてつまらないから、声をかけたくなるわけで。 「ちゃんは桜が好きなの?」 背後から気配を消して声をかければ、びくっと大袈裟なくらい肩がゆれて、それから勢いよくこちらに向いてくる。 「なんだ、ちょた先輩かぁ。びっくりした!」 それから、無邪気に笑う顔。 誰も何も言わないけれど、部活の中が無条件に和む笑顔だ。 「さっきから、桜ばっかり見てるけど、そんなに桜が好きなの?」 「え、嫌いですよ?」 ――あれ?でもちゃん、今の今まで桜眺めていませんでしたか? そんな疑問が、どうやら呆れるくらい分かりやすく顔に出てしまったらしい。 桜を見上げる角度のままで俺を見上げているちゃんは、少し苦笑してから続けた。 「正確には、桜の木が嫌いなんです。後で毛虫地獄になるから。花は好きですよ。ピンクで、小さくて、ひらひらしてる感じが好きです。」 「なるほど。」 毛虫地獄か。 だからちゃんは桜の木の真下じゃなくてちょっと外したとこに立っているのかもしれない。 うん、まだ毛虫の季節じゃないけどね。 「ねぇ、ちょた先輩?」 「うん?」 「ちょた先輩は、落ちてくる花びらにボールを当てることは出来る?」 「ボール?」 「うん、テニスボール。ラケットで打ったボールを、落ちてくる花びらに当てるの。出来る?」 「う〜ん……」 小首を傾げて見上げてくるちゃんは、本当に可愛いけれど。 花びらなんてやったことないし、そもそもそんなこと考えたこともない。 やってやれないことはないのかもしれないけど。 「やったことないから分からないなぁ。」 そう答えれば、ちゃんは「そっかぁ…」と、結構あっさり引いてくれて。 「それにしても、どうして急に花びらなの?」 「青学のリョーマ君がね、落ちてくる葉っぱにボールを当てる練習してたって言ってたから。手塚さんも昔やってたんだって。だから、葉っぱより小さい花びらでやったら、氷帝も強くなるかなぁって思って。跡部先輩なら出来るかな?」 ああ、そうか。 ちゃんはちゃんで、青学を意識しているんだ。 というか、青学はともかくどうしてそこでピンポイントで越前君と手塚さんが出てくるかな。 面白くなくて、試しに持っていたボールを桜の花びらのシャワーの中に突っ込ませてみた。 「当たらないですね〜。難しいのかなぁ…。」 「――そうだね〜。意外に難しいなぁ…。」 やられたままでいられない、つまりは負けず嫌いな俺達が、その後みんな揃って花びら当てに勤しんだのは言うまでもない。 |
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