ぶっちゃけて言ってしまえば、は元帥府に居てもすることが無い。 ただ、一人に対して広すぎるクロプシュトック邸に居てもつまらないし、ラインハルトやキルヒアイスはが元帥府に入ることを黙認している。 というより、どうしても自分達の眼の届く範囲においておきたいらしい。 それを非言語的に表すならば、の専用部屋があり、そこに生活できる総ての空間を取り揃えているのが言い例なのだろう。 クロプシュトック邸に居ても同じといえば同じだが、無論元帥府にいたって、常にラインハルトやキルヒアイスを中心とする将官たちが、に構っていられるわけではない。 彼らもを気に入っているから、暇を見つけて彼女の元を訪れてくるが、それでも相対的に見ればは格段に一人で過ごす時間のほうが長かった。 暇つぶしにと庭を散策するのも、ラインハルトたちの軍務室を襲撃するのも、元帥府に所属する者たちが使用するジムや訓練競技場も回りつくしてしまうと、結局最終的にがすることといえば、料理くらいしかなくなってしまう。 この日もは暇つぶしに料理をしていた。 今日の成果は時化ってしまったビスケットとクリームチーズを使ったレアチーズケーキ。 ありあわせのもので作ったので、味の方はなんともいえなさそうな気もするが、見た目だけは充分すぎるほど上手く出来た。 「お茶でも入れて、休憩しましょうか。」 一つ呟いて、アンネローゼがくれたフリルがたくさんついたエプロンを外す。 一人だけなので、特に手をかけてお茶の準備をする気にもなれず、適当に用意をし、作ったケーキを食べ始めたところで、の部屋のベルが鳴った。 「どうぞ」とロックを外せば、砂色の眼と髪をしたナイトハルト・ミュラーが部屋に入ってくる。 「まあ、ミュラー提督。珍しいですね。」 時間をもてあましているが、大歓迎とばかりに微笑めば、ミュラーもつられて苦笑を返してくる。 ミュラーが一人でを訪ねることは余り無い。 かといって、まったく交友が無いというわけでもないので、ミュラーは少し気まずそうに応えた。 「実は、ビッテンフェルト提督の差し金でして。『今日は何の菓子は何を作っていたか聞いてきてくれ』と。」 「ビッテンフェルト提督らしいですね。」 を個々に訪ねてくる人間は、ラインハルトとキルヒアイスを覗くと次に名が上がるのは以外にもビッテンフェルトであった。 ビッテンフェルトがと面識を持ったのは、彼がラインハルトの元帥府に招かれてからであり、直接的にはとの関係は薄いはずなのだが、彼はがこの元帥府に差し入れを持ってきたその日からごく親しい友人の一人となっていたのだ。 無論、理由はいわずもがな、である。 だからミュラーが苦笑と共に訪れた理由を聞き、ありありとその姿を想像できてしまったからも、思わず微笑が零れる。 しかし、ビッテンフェルトの期待は今日ばかりはあてが外れたようだった。 「でも、残念ながら今日はお配り出来るようなお菓子は作ってないんです。全部残り物で作ったので、味がどうにも微妙で…」 そうしてテーブルに用意されたチーズケーキに視線をやれば、ミュラーはしげしげと見つめてなんとも率直な感想を漏らす。 「美味しそうに見えますけれどね。」 それが、彼の墓穴となった。 「そうですか?」と、少しだけ首をかしげたは、またすぐに笑ってミュラーを見上げた。 「じゃあ、ミュラー提督、味見をしていただけますか?美味しいって評価が頂けたなら、ビッテンフェルト提督にもおすそ分けすることにします。」 そういって、は小さなフォークにいっぱいいっぱい一口分、チーズケーキをすくってミュラーに向けた。 「はい、あーん。」 どうしろというのだろう。 突き出されたフォークとの笑みを目の前に、ミュラーは完全に固まってしまった。 |
(C) 2005-2009 Replica Fantasy 月城憂. Some Rights Reserved.