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No.26  【 燦々たる月 】




 ひらりと音も無く、朽木白哉は瓦張りのその屋根に降り立った。
その視線の先には、名ばかりの彼の婚約者、が朱に染められた鳥居の上に座っている後ろ姿があり、その霊圧で恐らく白哉の存在に気付いているであろうは、それでも婚約者に振り向く気配を見せぬまま、何食わぬ顔をして月を眺めていた。
 その傍らには、何処から持参したのか、酒が入っているらしい小さな徳利と猪口が並んでいる。
手は付けられていないようだが、久々に魂葬と称して現世に降り立ったまま、一向に戻ってくる気配が無いが、何を目的にしていたかは明白だろう。
 ふわりと音も無く、屋根に降り立ったとき同様に体重を全く感じさせない動作で屋根を蹴った白哉は、やはり無音での隣へ降り立った。


「月見なら向こうでも出来るだろう、いつまでこちらに居るつもりだ?」


 白哉はため息混じりにを見下ろす。
はその言葉にも答えぬままやはり低い位置にある、紅い月を見つめていたが、たっぷり三十秒程おいてから、ようやく答えた。


「この歳になって、多少帰らなかったくらいで迎えをよこされるとは思わなかったわ。」


 そう言ったの容姿は、せいぜい二十歳前後にしか見えない。
むろん、死神の年齢はその容姿に伴わないから、が苦笑を浮かべるのは無理も無だろう。
 だが、彼女は一番隊の三席を勤める身であり、本来なら魂葬などの為に現世に降りることなど無いのだ。
 は言いながら徳利を手に、猪口に手酌で酒を注ぐ。
一口。 ほんの一口のどを潤して、また視線を紅い月に向けた。
普段から余り好んで酒を飲むことが無いの、白い手が掴む猪口の中にまだに半分ほども酒が残っているのを確認すると、白哉は屈み込んでの手ごと掴み、猪口の中身を一息に乾した。
 は呆れた用に白哉を見たが、彼は先程のの用に何食わぬ顔をして、無言で彼女の隣に腰を下ろす。
一口乾した時に、ののどが僅かに上下したことに心乱されたなどと言ったら、きっと彼女は怒るだろうから。
何も聞かれなかったのは返って良かったのかもしれない。
 白哉は無言での隣に座ると、やはり無言で彼女が熱心に見つめる月に視線をやった。
今日の現世の月は、やたらと低い位置にあり、そのせいか少し大きく見える。
ゆらゆらと、僅かに揺らめいて見えるのは大気のせいだろうか。
ソウルソサエティでは見ることが無い色をしていた。


「紅い月が見たかったのか?」
「ええ。向こうでは見れないでしょう?」


 低い位置でしか見られないんですって。
大気が濁っているせいで、光の反射が紅く見せるそうよ、と。
今度はきちんと白哉の言葉に返してきたは、珍しく饒舌に答える。
どうやら目的の物を見られて機嫌が良いらしいに、白哉はひっそりと苦笑してから、からかうように続けた。


「物好きだな。そのためにわざわざこちらまで来たのか?」
「悪い?綺麗なだけの物には見飽きたのよ。人も、魂も、月もね。」


 最後の言葉には、僅かに眉を潜めるものもあったが、白哉は何も言わなかった。
 また、手酌で酒をついだの手から、今度は彼女が口をつける前にそれを飲み乾してしまう。


「白哉。」
「何だ?注いでくれたのではないのか?酒は、強くはないだろう?」


 非難の目を向けたに、白哉は少し笑って答える。
白哉とて、それほど飲むわけではないが、よりは強いだろう。
どうせ徳利の中身を全て飲める訳ではないのだからということを、少なからず自覚していたは、僅かに目を細めて白哉をひと睨みしてから、もう一度徳利から酒を注いで言った。


「朽木のご当主様がする行為じゃないわね。」


 それは、常日頃から貴族としての体裁にうるさい白哉に対するイヤミであった筈なのに。
彼は何食わぬ顔をしてまたその中身を飲み干すと、さらりと答えた。


「相手がでなければ、こんなこともしないさ。」






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2008/06/30
おとなのこいびとたちが、かきたかった、の、ですが……OTZ



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