Replica * Fantasy







No.25  【 裸足で進む、ゆっくり 】




「――フロイライン・クロプシュトック。」
「まあ、キスリング大佐、どうぞと呼んで下さい。」


 こそりと、はキスリングの背後で、内緒話でもするような声で答える。
キスリングはひっそりと溜息をついた。
 今朝から彼の背後にこっそりと着いて来るこの少女が、一体何を考えているのか、キスリングにはさっぱり分からなかった。
キスリングが護衛すべき対象、つまり、ラインハルトに用があるのかと思えば、声をかけるわけでもない。
悪戯をしようとしているのかと思えば、は至極真面目な顔で自分の後をついてくる。
足を止めれば止まるし、仮にも仕事中であるからか、無駄口を叩いてくるわけでもない。
本当に、ただ、ついてくるだけなのだ。


、今日は何の遊びだ?」
「何でも無いわ。気にしないで?」


 無論、ラインハルトもそれに気付いていないわけではなかった。
だが、問いかけてもはまともに答えない。
ラインハルトはラインハルトで、その返答に対して「そうか」の一言で終わらせてしまう。
 キスリングとしては、もう少し突っ込んで理由を聞くか、「いい加減にしろ」とくらいは言うのかと、若干の期待もしたようだが、彼よりもよほどの奇行との付き合いが長いラインハルトは、特に気にした様子も無く、再び仕事へ没頭していく。
 おかげで、今日はカルガモの親子の如く、をくっつけて動き回る羽目になってしまった。
 軽くて控えめではあるものの、ヒールの踵が鳴る音が、キスリングを追いかけてくる。
なまじ、自分は足音を立てずに歩けるものだから、最初のうちは彼もその音が気になっていたが、昼を過ぎる頃にはその音にもなれてしまっていた。
だから彼は気付かなかったのだ。
その音が、夕方を過ぎた頃には消えてしまっていたことを。
 夜、そろそろ食事の時間を前にして、公務がひと段落したラインハルトは、自分の護衛の背後に一日着いて回ったに声をかけた。


、もういいだろう。食事にでも行かないか?」
「そうね。やっぱり一日やそこらじゃキスリング大佐の真似は出来ないみたい。」


 そういうの手には精緻なデザインのミュールが収まっていた。
何故、履物を手に持っているのだと、キスリングが訝しげにの足下を見やれば、当然その足は裸足のままで。
 何故に?と。
 沈黙提督アイゼナッハには負けるものの、彼自身も相当無口であるキスリングは、疑問を声に出すことなく脳内だけに疑問符を林立させた。
その僅かな表情の変化を見て取ったのか、がミュールを床に置き、足を突っ込みながら答える。
 少しバランスを崩しながらミュールを履こうとする少女に、キスリングはごく当然のように手を差し出した。


「キスリング大佐みたいに、足音を立てないで歩く練習をしていたんですけど、全然上手くいかなくて。難しいんですね。」


 そして最後にありがとうございます、今日はお仕事お邪魔してすいませんでした、と。
きちんと礼を言ってから、手を離した。
 キスリングは首を傾げる。
確かに、自分は軍靴を履いていても、足音を立てずに歩くことが出来る。
だが、それだけだ。
特に自慢に思うようなことではなかったが、どうやらにはそれが気に入ったらしい。
だから、一日真似をするために、自分について回っていたのだろうか。
 そういえば、途中から足音が消えたような気もするが、それは、つまり…。


「それで、結局、靴を履いたまま足音を消すことは出来なくて、裸足で歩いていたのか?それじゃあ意味が無いだろう?」
「でも、ラインハルト。思ってたより、ずっと難しいのよ?」


 同じ考えに至ったキスリングの上司が、呆れたようにに言うのを耳にし、彼は呆れるべきかどうするか、ひっそりと二人を見ながら反応に困惑してしまった。






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2008/05/12
Heaven's Kitchenのすぎやま由布子さんのところでやっているキスリング企画に便乗してみたり。

2008/05/13
由布子さんからおまけのお話を頂きました!!
うあー!ありがとうございます!超愛しています!!<お黙り
由布子さんからの素敵な続編はコチラからどうぞvv ⇒ 【シンデレラと秘密の逢瀬】



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