がしっと。 音を立てんばかりに背中に感じた衝撃に、キルヒアイスは思わずのけ反った。 あたたかい温度と共に現れたそれは、背中のちょうど腰の辺りから、彼の腹部に向かって細くて白い腕がにょっきりと生えている。 キルヒアイスよりも、その柔らかなレースに包まれた細い腕が誰の物か、より早く理解したミッターマイヤーは、キルヒアイスとの会話を中断して笑った。 「出直そうか、キルヒアイス。」 「ああ、すいません。後でそちらに行きます。」 ようやく状況を飲み込めたらしいキルヒアイスは、自分の腰に絡んだ腕に左手だけで触れて、そして苦笑を浮かべてミッターマイヤーに答える。 ミッターマイヤーはそれを受けて、同じ様に苦笑だけ返してキルヒアイスの執務室を後にした。 ドアがきちんと締まるのを確認してから、キルヒアイスは手にしていた書類を一枚ずつ床に落としていく。 大事な書類だったが、紙は後でも拾える。 今のキルヒアイスにとって一番重要だったのは、唐突に抱き着いてきたを、両腕で抱き返してやることだった。 空になった手で、腰に絡んだ白くて柔らかいの手に触れる。 「今度は、どうしたんだい?」 「――どうもしないわ。」 背中に張り付いたまま、は答える。 平然を装っているが、少し泣きそうな声だ。 すいっと、何か求めるような動作で、はキルヒアイスに抱き着いた腕に、力を込める。 これが逆であったら、自分はを抱き潰してしまうだろうな、と。 キルヒアイスは僅かに苦笑を浮かべた。 「今日も、甘えたかい?」 「今日は、甘えたなの。」 キルヒアイスが笑っているのに気付いたらしいも、小さく笑って応えた。 だけど、やはり顔は見せようとはしないし、キルヒアイスから離れようともしない。 少し笑ってから、は小さな声で続けた。 「何も無いの。ただ、抱き着きたくなったの。何でかしら?」 自分でも、明確な理由など無いのだと。 はぽつりと呟いた。 その、自身も気付いていない理由が、自分を恋しく思ってくれているからだといい。 キルヒアイスはひっそりとそう考え、そして一瞬だけ、自嘲気味の冷えた笑みを浮かべてから、自分の腰からの腕を剥がした。 少し強引なその動作に、は驚いたように絡めていた腕を解いて、キルヒアイスを見上げる。 もうそこには冷たい笑みは無く、キルヒアイスは穏やかに微笑んでに両腕を差し出していて。 「理由はよく分からないけれど、僕もを抱き締めたい気分だ。何でだろうね?」 本当は理由なんて、分かりきっているけれど。 差し出された腕に、は一瞬だけ驚いてから、泣き笑いのように表情を緩めて、そして今度は真正面からキルヒアイスの身体に腕を絡めた。 くしゃり、と。 小さな音を立てて書類が一枚、細いヒールの犠牲になる。 大事な書類だったが、キルヒアイスは気にしなかった。 今は書類よりも、を抱きしめる方が、余程重要なことだったから。 |
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