まだ小さなマチを抱えて、服の裾には同じく小さなフェイタンをくっつけて、クロロは一つ溜め息を吐いた。 彼が年齢相応の表情でなかったのは無理も無い。 流星街では、その能力が早く大人になればなるほどに生存率が高くなるから。 「パク、は?」 「まだ眠ってるわ。昨日は珍しくシャルが夜泣きしちゃって大変だったから。」 そう答えるパクノダも、未だ少し眠そうだ。 それでも、マチを連れて別の場所に避難していたパクはまだマシな方なのだろう。 何しろシャルの無駄に元気な泣き声は、クロロやフィンクスなど、少年たちのところまで聞こえていたから。 シャルにつきっきりだったは、乳児が泣き喚く横で転寝すらもままならなかったに違いない。 まったく起きる気配が無いは、それでもシャルナークを抱えるように縮こまっていて、最近漸く寝返りが打てるようになったらしいシャルが、ごろごろと転がっていかないようにしている。 シャルは半分だけ体を返して、何とも中途半端な体勢のまま、に寄り添うように眠っていた。 が、かなり深い眠りに落ちているに対して、シャルは少しもぞもぞと身じろきをしている。 こっちはもうすぐ起きるな、と。 クロロが思わず身構えると、腕の中のマチが不満そうに声を上げた。 「クロロ、は?まだ起きないの?」 「何ね、ワタシ達には早く寝ろ、早く起きろ言うくせに、はどうして寝てるか?」 「はシャルに付き合って、遅くまで寝られなかったんだ。もう少し寝かしといてやれ。」 クロロはとりあえずのフォローをしてみたが、特別を許さない子供たちはそれぞれに文句を言い、そして「どうして?」「なんで?」と質問を繰り返す。 自分たちも、クロロたちも、そしてとシャルにも、何でも同じでないと気が済まないらしいマチとフェイタンは、理屈ばかりのクロロの説明では、どうにも納得しなかった。 「シャルばっかりずるい!あたしもがいいのに!」 「そうね。何ではシャルにばか構うか!」 「仕方ないだろ?シャルはまだ自分では何も出来ないんだから。」 「じゃあ、あたしもそうする。何でもと一緒にやるの。」 「マチ、静かにしろよ。シャルが起きるだろ?」 「シャルが起きたら、も起きるか?」 なんて、ぎゃあぎゃあ頭上でやっていたせいで、クロロの予想通りシャルナークはぱっちりと眼を覚ましてしまった。 うっかりクロロは、あの機嫌が悪いときの世界が終わったような泣き声を想定して身構えたが、しっかり眠ったあとのシャルは、どうやら機嫌が良いらしい。 クロロやマチやフェイタンの姿を見て、なにやらまだコミュニケーションにまでは至らない言語ではしゃいでいる。 クロロはまた一つ溜め息を吐いて、そして抱えていたマチを腕から降ろしてシャルを抱き上げた。 「えー、クロロー!あたしはー?」 「マチは自分の足で歩けるだろう?シャルはまだ歩けない。さぁ、大変なのはどっち?」 「えーっと、シャル。」 「いい子だ。フェイ、マチの手握ってやれよ?」 「言われなくても分かてるね。」 このままここで騒いでいては、まで眼が覚めてしまうのは時間の問題だろう。 そう考えたクロロは、シャルを抱え、服の裾にはマチの手を引いたフェイタンをくっつけて、少し離れたスペースへ移動した。 年長組は早々に食料を調達に行ってしまったらしく、今はパクノダしか姿が見えない。 「パク、シャルが起きた。ミルクは?」 「今、ちょうど作ったところよ。クロロがあげてくれる?」 差し出された哺乳瓶を、クロロは拒まなかった。 NOとは言えない状況だ。 パクが哺乳瓶のほかに抱えているのは、あまり多いとは言えないみんなの服、つまりは洗濯物であったから、哺乳瓶を断っても、確実にどちらかが回ってくる。 マチ付きフェイタンを服の裾にくっつけたクロロは、無言で哺乳瓶を受け取り、無言のままそこらへんに座り込んで、そして無言でシャルナークの口に哺乳瓶の先を突っ込んだ。 それを、マチとフェイタンは興味津々といった様子で覗き込んでいる。 不意に、眺めているだけで飽きたらしいマチが、シャルに触りながら呟いた。 「シャル、早く大きくなってね。それで、あたしたちにを貸してね。」 「そうよ。シャルのせいで、は寝てばかりね。つまらないよ。」 小さなマチとフェイタンの言葉は、子供に構う余裕が無い人間ばかりのこの流星街で、どれ程の存在が重要であるかを示していた。 そしてそれは、クロロたちにとっても同じことだ。 は、クロロが知らないこともたくさん知っている。 それに、教えることに出し惜しみをしないから、マチやフェイタンに限らず、年長組にとっても貴重な存在だった。 「そうだな。の睡眠不足の理由は、全部お前なんだ。早く大きくなれよ、シャルナーク。」 思わず切実に呟いてしまった頭の片隅で、クロロは苦笑を滲ませる。 こんなに、自分たち以外の人間を求めたことなど、一度も無かったのだ。 だけど、クロロは、それだけでは終わらなかったから。 「マチ、フェイ。シャルはな、昨日は昼間に寝てばかりいたから、夜に眠れなくて大騒ぎだったんだ。それで、シャルに付き合っていたから、は寝不足になった。わかるか?」 「シャルが夜寝れば、明日はは起きてるか?」 「シャルが夜寝るには、昼間に寝なければいいのかな?」 子供は子供でも、彼らは流星街に生きる子供たちである。 コレくらいの頭の回転は、当然要求されるべき水準のものだった。 殆ど空になった哺乳瓶をシャルの口から抜いたクロロは、にやりと笑ってそれに答えた。 「そうだな、昼間いっぱい遊ばせれば、シャルは夜疲れて眠ってしまうだろうな。」 「じゃあ、今日はあたしが遊んであげる!シャル!」 「仕方ないから、ワタシもシャルの面倒を見てやるよ。」 子供に子守を委ねることに成功したクロロは、満足げに口元をしならせてから、じたばたと手足を動かすシャルナークを、マチとフェイタンの間に放った。 これで、自分は本を読む時間が出来る。 「任せたからな。」 ちなみに、クロロが乳児を幼児に任せる危険性について、とパクノダから切々と説教されたのは、それからニ・三時間経ってからのことである。 |
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