綺麗な言葉で隠しておける段階は、多分もう随分前に通り過ぎてしまったのだと思う。 それに、綺麗な言葉で誤魔化せるほど、自分が純粋ではないことも自覚した。 それでも、綺麗な言葉に夢見る自分は、きっといつまでも大人になれない子供なんだろう。 それは、実感を伴わない綺麗な言葉に振り回されているだけなのかもしれないけれど。 「――でも、止められないの。好きなんだと思うの。」 だけど、それがどんな次元の『好き』なのか、には判断が出来ないから。 彼女は自分の両手を見つめて少し考える。 握ったり、開いたり。 今、この手の中にあるものは、自分の身の丈には有り余るほどの好意。 それを、うまく受け止められているのか、ちゃんと返せているのか、には分からない。 「どうした?」 「――なんでもないわ。」 が思い立ったことを、直感で行動に移してしまう性質であることは知っていたし、別に珍しいことではなかったから、彼は殆ど返ってくる反応を予想しながらを見下ろす。 彼女はまだ、自分の手の平を握ったり開いたりしながら、難しい顔をしている、から。 「。」 彼は彼女を呼び戻すようにの名を呼び、その鈴の音が答えるより早く、白くて小さな手を取り、握った。 我に返ったようにが彼を見上げれば、彼は何でも無いように済ました表情をしていて。 「難しいことを考えているな。」 「――よく、分からなくて。」 「答えが出ない考え事か。だから、此処に皺が寄っているのか。」 そう言って彼は、の眉間にちょんと触れる。 空いている、もう片方の手で。 少し困ったように笑ったは、自分の手の平をすっぽりと包み込んだ彼の手に、自分の空いた片方を添えて、まるで祈るように胸に寄せる。 「本当は、こんなことしちゃいけないと思うの。あなたは私のものじゃないから。でも、ここからいなくなってしまうのは、とても苦しいの。」 彼女が抱えた、とても単純で複雑な感情を。 言葉にして表現することを酷く困難に感じている様子で、は呻く様に呟いた。 それは、言葉が足りないながらも彼に対する答えの一つであったし、自分への整理であったから。 一つ一つ言葉を吟味するように、は慎重に言葉を選ぶ。 「返せるものが何か分からないのに、自分のものにしたくなるなんて、そんなのずるいよね。」 誰にも彼を、束縛する権利なんて無いから。 ああ、自分はなんて理不尽なことを彼に強いているのだろう、と。 は静かに自嘲する。 「綺麗な言葉で包んでも、すぐに剥がれてしまうの。『好き』だけど、きっと綺麗な『好き』じゃない。」 そう、これはきっと、恋の名を騙った執着心。 確かに一つの『恋』の形なのかもしれないけれど。 だけど彼は、そんなを見て、呆れたように笑うから。 「が気に病む必要は無い。綺麗じゃなくても、お前の言葉で答えは決まったも同然だ。」 彼の言葉の意味が、にはよく飲み込めなかったけれど、でも彼はもう少しわかりやすく教えてくれたから。 「。それが恋でも、愛でも、そのどちらでも無くても。もう手放すつもりは微塵も無い。」 |
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