「。」 キルヒアイスがその後姿に声をかければ、は振り返ることなく、その頼りなくて細い肩を震わせて固まった。 彼女は今、固く眼を閉じているのだろう。 もしかしたら、きつく体に寄せられた腕は、その両手は祈るように組まれているのかも知れない。 随分とあからさまな態度であったが、だが、キルヒアイスは怒らなかった。 「まだ、僕の方に振り向いてくれる気にはなれないかな?」 「――ジーク…私……。」 「うん、分かってる。」 は押し出すようにか細い声で、かろうじてそれだけ答える。 まるで答えになっていない言葉を。 だけど、その気持ちが痛いくらいに想像できるから、キルヒアイスは静かに頷いた。 彼女はまだ、酷く混乱しているのだろう。 そして、そういう状況に追い込んだのは他ならぬキルヒアイス自身である。 その自覚が、彼にはあったから。 少し前までは、自分の感情を持て余して、酷く冷たい態度を取ったり、無言でを追い詰めるように触れていた。 だけど、殆ど開き直るかのように自身の気持ちをさらけ出してからは、キルヒアイスの感情は自身でも驚くほど穏やかに波が引いていったのである。 そして彼は昔と同様に、『優しい兄』であった頃と同じ姿でに囁く。 「、愛してるよ。」 ただし、今は『妹』にではなく、一人の『女性』としてのに。 もう彼にとっては、ずっと昔からそうであったけれど。 それを口にして、『兄妹』という関係すらもが壊れてしまうことが怖かった。 いつか誰かのものになって自分のもとを離れていってしまうのなら、この手で壊してしまいたいと思った。 だけど、結局はそんなことなど出来るはずも無く、振り出しに戻ってきてしまうのだ。 を愛し慈しんで、自分だけが総てであるように思い込ませようとしたこともあった。 そんな自分に吐き気がした時期も。 それでも手放すことは出来なかったし、誰にも渡す気も無かった。 そう、ラインハルトにさえ。 「。」 もう一度名前を呼んで、その美しい銀糸を一筋すくう。 甘い香りのするそれに柔らかく口付けて、そしてその首筋に手を伸ばす。 が震えたのは、不意を突かれたせいか、それともおびえたからか。 未だ硬直して微動だにしないに、キルヒアイスはわずかに苦笑を浮かべて彼女の正面に回った。 予想していた通り、は今にも泣き出しそうな表情で固く眼を閉じていて。 祈るように組んでいるかと思った両手は、キルヒアイスの気配を感じたとたんに、耳を塞ぐように、その表情を隠すかのように、俯いて銀糸に埋もれそうになっているその顔を覆った。 キルヒアイスは先ほどの背後からそうしたように、今度は前からその首筋に触れ、辿るようにして、力を込めれば脆くも折れてしまいそうな細い手首を掴んだ。 そして、ゆっくりとその愛しい顔を隠している手をのけていく。 それでも、頑なに眼を閉じているに、少し呆れたように微笑んで。 「、嫌なら君には、僕を突き飛ばして逃げる権利がある。」 そうしたければ、すればいい。 僕は、もう追わないから、と。 キルヒアイスは言う。 しかし、その行動は言葉とは裏腹なもので。 キルヒアイスはの手首を捉えたまま、その目元に溜まった涙をすくうように、その右目と左目にそっと唇を寄せた。 そしてその涙が溢れれば軌道を描くはずのなだらかなラインを辿るように、右頬と左頬にキスを送り、最後に手首を放してその耳元で囁く。 開いた両手で、今度はの小さな顔をすくい、自分の方に向かせて。 「愛してるよ、。」 そして言葉と共に、吐息と共に、その薄く色づいた唇にそっと触れて。 ゆるりと離れる。 その小さな顔に触れていた手も、名残惜しむかのように、指に絡んだ僅かな髪を寄せれば、が涙に濡れた目をうっすらと開いて。 「――ジーク……」 の紅い眼はキルヒアイスの緋い髪を映して、そして再び伏せられていった。 押し出されるように、キルヒアイスがすくったはずの涙が、彼の唇の痕跡を辿るように一筋だけ零れて。 の唇はたどたどしく胸に溢れた感情を言葉に紡いだ。 「わたしも、愛しているわ。」 ああ。嘆かわしいほど愚かしく、恐ろしいほど綺麗に。僕はその言葉だけを求めていたんだ。 |
(C) 2010 Replica Fantasy 月城憂. Some Rights Reserved.