Replica * Fantasy







No.43  【 全て棄てて全て忘れて、俺のものになってしまえばいい 】




 なんて、そんな言葉は。
 言い換えてしまえば、「その程度のものより自分を選べ」と言われているようで。
それが当然と言われているようで。
他の女の人には綺麗に届いても、私の中には上手く馴染むような言葉じゃなかった。
 確かにそれは、無くして困る程のものを持っている人が言う言葉なのだろうと思うけれど。
例えば、今まさに私の目の前でそう言った跡部先輩、とか。
この人はきっと、自分が抱えた物に遮られて、他人が抱えた物の大きさが分からないんじゃないのかと思う。
それはつまり、私にも同じものがあるということに気付いていないのだろうな、と、思う。
なにしろ、俗に世間一般では私とは『彼氏彼女』という認識をされるらしい跡部先輩は、フリーダムな人間だ。
俺様何様跡部様だから。
 即答しかねる言葉だと思うんです。
冗談でも、本気でも。
でも、答えようとしない私に、跡部先輩は不機嫌そうにして私の髪の毛に触るから。
「じゃあ、先輩は、」と前置きしてから、私は跡部先輩を見上げた。
そして、いまさっき先輩が言ったことと、まったく同じ言葉を返してみる。


「全て棄てて全て忘れて、私のものになってくれるんですか?」


 テニスも、跡部も、全部棄てて、忘れてでも、私を選ぶことが出来る?
 多分、それは残酷な言葉なんだろうなと思う。
跡部先輩は、きっと分かっていないまま言ったのだろうけど、私は分かっていて言ったのだから。
 多分眉を顰めるだろうなぁと思った跡部先輩は、私の予想そのままの反応で私を見下ろしてくる。
しかめっ面になったから、ちょっと雰囲気が怖い。
でも何だか、あんまり想像通りだったので、逆に私は少しだけ笑いそうになった。
でも、笑ったら、また怒るだろうから。


「駄目ですよ、先輩。自分に出来ないことを人に押し付けちゃ。自分が凄く難しい選択を強いてること、判ってますか?」


 私は答えを求めていなかったから。
だからそういう風に言えた。
 きっと跡部先輩は、嘘でもその場限りでも、答えて欲しかったんだろうけど。
でも、私は。
先輩は沢山のものを抱えてるから、私はその重みの一つにはなりたくない。
でもだからといって、一緒に背負うどころか支える自信も無いのだ。
私がその場限りでも答えられないのは、踏み切れないのは、多分その辺が原因で。
 同じ言葉で問い返された跡部先輩は、何か物凄い衝撃を受けたように、眉をひそめていた。
怒ったのかもしれないし、呆れたのかもしれないし、もっと悪くすれば愛想を尽かしたのかもしれない。
 思っておたよりも険しい顔になってしまった先輩に、まともに顔が見れなくなって、私は視線を地面に向けて唇を噛んだ。
どうしても、私は先輩の地雷を踏むのが上手いらしい。
 どれくらいそうしてたかは分からないけど、視界の端っこに映っていた跡部先輩の靴が一本私に近付くまでが、物凄く長く感じられた。
その一歩に気圧されるように、私は無意識に一歩下がる。
物理的には同じ一歩なはずなのに、当然ながらコンパスに差があった私は、直ぐに距離を詰められてしまった。


「逃げるな、。」
「私、逃げて、なんか…」
「無い、か?じゃあ、こっち向けよ。」


 くいっと。
顎を掬い上げられて、強制的に視線がかち合う。
青い目に、私の姿がちらついて、目眩を覚えそうになった。
ああ、視界に映るって、こういうことなんだ、と。
本当にどうでもいいことが、頭の中で鳴り響いて。


「答えを聞くのが怖いか?それとも、答えを言うのが恐いか?」


 最初に聞いたのは俺だが、同じことを聞き返したのはお前だぜ、、と。
確かに、そうなのだけど。
私は、答えなんか欲しくないの、と。
言ってしまえばいいのに、言えなかった。
だって、そんな答え、先輩の言葉を認めたようなものだ。 


「――なんで、こんなはなしになっちゃうの?」


 結局、私が応えられたのは、そのどちらの答えでもない言葉で。
掬い上げられた顔を背けることは出来なかったから、眼を閉じて、想像以上に真面目な表情を浮かべていた跡部先輩を視界の外へ追いやった。
 冗談で、言い始めたことなんだと思う。
それを私は、深刻に捉えすぎたのかも知れない。
でも、それはそれだけ、私が跡部先輩との間に距離を感じているということで。
跡部先輩は、愛情表現という言葉の元に、私によく触れてくるけど、私はそれがイヤじゃないのだけど、でも、それでもその先が続くイメージが持てないから。
それが、先輩は気にいらなかったのかもしれない。
気に入らないから、試したのかも知れないけど。
 あたまが、こんらんしてきた。
視界が、歪んでいるのは、もしかしたら涙かな、と。
思っていたら。


「分かった、言い換える。全て棄てなくてもいい。全て忘れなくてもいい。だから俺のものでいてくれ。」


 急に抱き寄せられて、全部視界を塞がれた。
額に、柔らかい感触。キスされたのかな、なんて、ぼんやりと思いながら、先輩の腕の中で目を伏せた。
 その感触も、この体温も鼓動も。
全部本物なのに、私だけ本物じゃないような気がしたのは、気のせいということにして。






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2010/03/22 



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