「――だから、姉様やラインハルトはそんなに美しいの?」 は、まるで其処に居る様で居ない誰かに問いかけるように、呟いた。 眠たそうに、ソファに体を預けているは、それがもう決まりごとになっているかのように、今日も膝を抱えて小さく丸くなっている。 「どうしたの?急に、そんなことを言って。」 間接的に美しいと賞されたアンネローゼは、一瞬止めた紅茶を淹れている手を、再び何事も無かったかのように進めながら答える。 差し出された紅茶は、上質の香りでの食欲を誘惑したが、彼女はそれに乗ってはこなかった。 小さく首を振り、テーブルの端において欲しいと告げる。 アンネローゼは無言でティーカップをの前に置き、その横に手作りのケルシーのケーキを並べた。 こういうときのアンネローゼは、沈黙を苦にしない。 相手が口を開くのを、ただ、じっと待ってくれるから、は自分の中でもそれを整理するように、ぽつぽつと一つずつ言葉を紡いでいく。 「また、『美しくなったね』って、言われたんです。」 そして、いつまで傷を抱え続けるつもりなのだ、と。 社交辞令だって、ほめられれば嬉しいし、美しくありたいのは女性で在れば至極当然の望みだ。 だから、本当に額面どおりの言葉なのであれば、も素直に喜んで微笑み返しただろう。 でも、彼は『美しい』という言葉を、少し困惑したような表情と共に、比喩的な表現で使ったから。 は咄嗟に、その言葉を言って自分の頭を撫でた相手の目が、酷く心配そうに細められたのを見て、返す反応を見失ってしまったのだ。 そして、そのまま、その言葉は楔のように食い込んでしまった。 「ねえ、姉様。美しさって、傷に裏付けられたものなのかしら?痛みを伴うものなのかしら?」 は血のような深紅の瞳を緩やかに伏せて続ける。 それは、白い猫が雪の中で眠るような危うさを孕んでいるように思えた。 誰にも気付かれずに凍えていくような孤独。 雪が解けるまでは絶対に見つからず、そして雪が解けてしまってからでは手遅れになってしまう、そのひっそりとした危機感。 「何故、そう思ったの?」 「だって、ラインハルトの元帥府にいる人はみんな、綺麗だから。」 アンネローゼが問いかければ、はその体勢のままでぽつりと答える。 美しさが傷を伴うものなのならば、彼らはどれ程の痛みを背負ってきたのだろうと。 は眉を顰める。 今後はどのような悼みを背負わされていくのだろうと。 は胸を傷める。 それは、自身に科せられた『いたみ』ではないのだと、アンネローゼは思ったが、口にすることは出来なかった。 この小さな少女は、他人の痛みを自分の傷みに摩り替えてしまうことが病的に上手かったから。 「、美しさというものが、総て傷を伴うものではないと、私は思うのだけれど…。」 代わりの言葉を、アンネローゼはのために探す。 意識的にでも、無意識的にでも、彼女が受け入れやすい言葉を選んで。 アンネローゼの言葉に、は伏せていた顔を少しだけ上げて、優しい姉を見上げる。 そして、小さく微笑を浮かべて呟いた。 「そうだといいな」と。 その姿があまりに儚かったから。 息を呑むほど美しかったから。 だからアンネローゼは確信した。 のその頼りない煌きは、確かに重ねた傷によって生まれたのだろうと。 「――。」 「どうしたの?アンネローゼ姉様……?」 だからアンネローゼは、自分と対の色使いで構成されたを、抱き締めずにはいられなかったのだ。 |
(C) 2005-2009 Replica Fantasy 月城憂. Some Rights Reserved.