Replica * Fantasy







No.38  【 それもありだと思うけれど、私の感情になることはないよ 】




 そう。いつか、恋人が出来て、結婚して、子供を生んで。
手料理を作りながら愛する人の帰りを待つ。
子供が駆け寄って、それを抱き上げる姿を眺めながら、彼女は幸せそうに微笑むのだ。
 それは、沢山ある未来への選択肢の一つとして、ごくありふれた、だけど自身も一度ならず望んだことがある夢だった。
 だけど、実際に言語化されて提示されたそれは、にとっても一番身近でありながら、遠くかけ離れたものなのだ。
だから、彼女はそれを少し笑って否定する。


「それもありだとは思いますけれど、私の感情になることは無いでしょう。」


 『感情になることは無い』と、いうのは、そういう意味で『彼らを愛することは無い』と、いうこと、なのだろうか?
 ミッターマイヤーは、半ばからかうように提示した未来予想図を、思わぬ形で否定されて少し困惑した。
普段から、あれだけ仲の良い三人なのだ。
いずれは、もそのどちらかを選ぶものだとばっかり思っていたから。


「どうして、ありえないと思うんだい?」


 ミッターマイヤー自身は、ごくありふれた、だけどやはり彼自身が望んだそれを、殆どすべてを手にしている。
切り替えした反応は、ごく当然の反応だった。
対するは無邪気に、だけど何処か諦めたように笑って答える。


「だって、ミッターマイヤー提督だって、フラウ・ミッターマイヤーだからそれを望んだのでしょう?同じものを、自分の理想に望みますか?」


 の言葉に、ミッターマイヤーは更に首を傾げたが、同席していたロイエンタールには、それが一発で理解できた。
 『』という存在は、既にの手を離れて一人歩きしているのだ。
そして何より拍車をかけているのが、二人の幼馴染なのである。
 どこまでも無邪気で愛らしく、無垢でいたいけな、穢れを知らない少女。
それはまるで黄金比率も諸手を挙げるように計算された美しさではあるけれど、生身の存在ではない。
 もう一人、同じ幻想を抱かせる女性を、ラインハルトとキルヒアイスは守ることが出来なかったから。
美しい存在を、美しいまま守ることが出来なかったから。
彼等はその反動ともいえる過敏さをもって、を守ろうとしている。
 それは、ある意味では確かな愛情の形ではあるけれど、彼等は忘れているのだ。
 は、美しいだけの人形ではなく、ただ当たり前の心を持った一人の少女であることを。
もっと別の形の愛が存在することも。
だけどそれは、三人で成り立たせるものではないから、だからも無意識に気付かないフリをしている。
彼らが自分に求めてくる存在像に限界を感じながらも、応じてしまうのだ。
 彼らがそれに気付かない限り、に『触れる』ことは出来ない。
そして、に触れようと思うほどの、明確な意思表示が無ければ、『ごくありふれた幸せの形』は彼女の中では常に『ありえないもの』として処理されてしまう。
 経験を重ねたロイエンタールからすれば、なんともバカバカしい限りであるが、彼は世の中の人間がすべて自分のように割り切れる存在ではないことも、ちゃんと理解しているから。


「難儀な三角関係だな。」


 ロイエンタールの代わりにからかうように呟かれた言葉はの耳には届かず、やはりミッターマイヤーは眉を潜ませるだけに留まった。






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2009/07/21 



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