報復せよ。 嵌めろ。 根絶やせ。 制裁を。 消し去れ。 復讐を。 ボンゴレに楯突く者全てに思い知らせてやれ。 「――っ!」 まるで壊れたロボットのように、体が跳ね起きた。 久々に見るその夢に、呼吸は乱れて体中冷や汗をかいている。 頭を抱えたくなった。 ごく稀に、本当にごく稀に見るその夢は、いつだって鮮明で、そしてリアルだ。 それは、俺がボンゴレの証を継承したときに、一緒に科せられた業だから。 「最悪…」 もう慣れたつもりでいたのに、いつまでも慣れない。 そんな業は断ち切ってやると決めたのに、ほんのわずかな鎖はいつだって足元を這っているのだ。 何だか馬鹿らしくて、自然と笑みがこぼれる。 まあ、それは自嘲の笑みというやつなのだけれど。 水でも飲もうかと思って、ベッドから思い体を引き摺り下ろせば、まるでそのタイミングを見計らったかのように部屋のドアがこんこんと鳴った。 時間を気にしているのか、ちょっと遠慮がちな音。 それだけで、誰が来たのか俺にはすぐに分かった。 大体、こんな真夜中に俺の部屋を来るなんて、一大事があったときか、甘えん坊が夜中に目覚めてしまったときくらいだ。 前者であれば、こんなお上品なノックは伴われないから、今日だって後者に決まってる。 「開いてるよ。」 「――ボスー、お晩ー。」 普段の勢いはどこへやら。 ドアからひっそりと入って来たはやけに小さく、顔色が悪い。 ぺったぺったと裸足で歩く足は、冷え切っているのか少し赤くなっていた。 「今日はどうしたの?」 「ヤな夢見た。」 一言だけ。 そう答えると、は手を伸ばして俺のパジャマの裾を握りこむ。 何この子。 今日は尋常じゃないくらいお子様モード?とか思っていれば、は少し頬を膨らませて、俺をにらみ上げる。 まるで、考えていることを見透かされた気分だ。 「今日は、深刻だったの。あの夢に飲み込まれてたら、私きっと今頃は夢と現実の差が分からなくて、みんなを殺して回ってたわ。」 「――それは、物騒な夢だね。」 水差しからグラスに一杯。 まずは自分で一口飲んでからグラスをに差し出せば、は無言でそれを受け取って水を飲み干す。 渇いているんだ。 俺と同じ。 悪い夢はカラカラに体を乾していく。 今日は、帰さない方がいいのかも知れない、と。 俺の服の裾をつかんだままのの手を握って、というか、そもそもが真夜中に誰かを訪ねる時は、大抵自分で独りで耐えられる範囲を超えてしまったときだから、帰れと言っても帰れないのだろうけど。 だけど、今回に限っていってしまえば、俺がを帰したくなかっただけかもしれない。 と同様に、俺も自分の夢に乾されていたから、一人でもう一度眠るよりは誰か人の気配が欲しかったのだ。 「おいで、。」 「――うん。」 たぶん、聡いは俺のそういうところも見透かしていただろう。 それとも、よほど自分が参っていたのか。 余計な事は言わずにただ手を差し出せば、も迷わずにそれを取る。 並んでベッドに入って寝転がれば、少し互いの呼吸と鼓動が落ち着くのが分かった。 「ボスも悪い夢見たの?」 「うん。何か、最悪な夢。」 「ちょっと弱ってたんだ?」 「そうだね。が来てくれなかったら、俺がの部屋に行ってたかも。」 なんとなく手持ち無沙汰になってを抱き寄せれば、も擦り寄ってくる。 これが雲雀さんや骸さんだったら多分全力で逃げ出そうとするところだから、信用されているという点において喜ぶべきか、それとも切なくなるべきか。 でも、こうしているときの気分は、兄貴とか父親とか、そんな感じだから、そのどちらでもないのかもしれない。 「私も、何か、最悪な夢だった。」 もぞもぞと、が動いて俺に視線を向ける。 俺との長く伸びた髪が、枕の上で入り混じっていた。 明日の朝絡まっていたら嫌だなぁとか思いつつ、一つあくびをする。 人の体温をそばに感じたことで、安堵したのかまた少し襲ってきた睡魔は、だけど次のの言葉によってまた吹き飛ばされていった。 「報復せよ。嵌めろ。奪え。制裁を。消し去れ。復讐を。思い知れ。我らを破滅させたボンゴレを。殺せ。コロセ。ころせ。」 「――っ!」 何の因果だ、と、思ったけど。 それを俺が口にするのがどれだけ愚かなことかは分かってるつもりだった。 息を呑んで眼を見開くくらいの反応は、押しとどめることが出来なかったけど。 一瞬、俺が見たあの悪夢のように、の声が低く重くなって、まるでボンゴレに潰されていったファミリーの呪詛を一身から放っているように思えたけれど、でもそれはすぐに霧散して。 「そんなことばっかりね。頭の中で誰かが言うの。私に、皆を殺せって。馬鹿みたい。」 そう言って、は少し笑う。 「そんなに憎いなら、自分でやれば良いのに」と。 そしてまた少し、俺の方に擦り寄ってくるから。 口ではそう言っていても、何か抗い難いものがあったのだろう。 無理も、無い、と。 俺は、思うけれど。 は、そのために作られた存在だから。 彼らは確かに自分たちでやろうとしたんだ。 『』という存在を作ることで、俺たちに対抗する術を作ろうとしていた。 結局は、それこそが原因で、俺たちに徹底的に破滅させられたけど。 彼らが悪い。 俺たちが悪い。 なのに、ただ純然たる被害者のが、どうして苦しまなくちゃいけないんだ。 「――堪らないなぁ…。」 思わず零れた言葉。 何だか泣きたい気分になったけど、がいるから見栄を張って堪えておいた。 ボンゴレは、悪くないのだと。 理に適って制裁を下しているのだと。 言ったところで、憎悪は消えはしないけど。 せめて自分たちが正義だと言い聞かせていなくちゃ、ファミリーのみんなを罪人にしてしまうから。 少しを抱きしめる腕に力がこもる。 もう親ばかと言われてもしょうがないけど、やっぱり人の感情の変化に敏感なは、さりげなく俺を抱き返して、静かに呟く。 「でも、ボスは悪くないよ。ボンゴレは、守るためにそうするんだから。」 「――そうだね。俺も、皆を守るためなら、何だって出来るって思ってた。」 それは、もう随分前にボンゴレの試練を受けたときの言葉と同じもので。 俺の覚悟はずっと変わっていない。 だけど、守る為にそれを脅かすものを間引くという方法を、結局は変えることが出来ないんだ。 それは、メビウスの輪のように、終わることが無い連鎖であって、成長すればするほど、思い知らされたこと。 『そんな力なら要らない』と。 『そんな間違いを引き継がせていくのなら、俺がボンゴレをぶっ壊してやる』と。 そう豪語しながら、結局俺はボンゴレを壊すことなど出来ないでいる。 「ボンゴレの十代目は、本当に俺でよかったのかな?」 「十代目あってこその、ボンゴレだよ。」 不意に呟けば、は迷うことなくそれに答えてきた。 今も昔も、裏世界にはボンゴレが必要だと。 ボスが率いるボンゴレが無ければ、自分は今ここにはいないのだからと。 「だから、私はボスの為に生きるからね。」 だから、もしボスが苦しいなら、『 ねぇ。 それはさっきの言葉と少し矛盾してるかも知れないね。 思わず苦笑が零れたけれど、彼女の言いたいことは良く分かったから。 痛いほど伝わってきたから。 「Un grazie figlia adorata」 感謝の気持ちを込めて、その額にキスをした。 |
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