結局、先に泣きつかれて眠ってしまったのはどちらなのか。 が眼を覚ましたとき、彼女はラインハルトの腕の中にいて、彼はを抱きかかえたままベッドに伏していた。 自分の記憶が曖昧に途切れていることと、二人して着替えていないところを見ると、どうやらラインハルトはを宥めているうちに一緒に眠りに落ちてしまったらしい。 するりとその腕を抜け出して、はラインハルトに毛布をかけた。 その際に覗きこんだ顔は、いくらかやつれてはいるものの、その苛烈なまでの美貌は健在で、もちろん今は閉じられている蒼氷色の目元も、腫れてはいなかった。 が鏡を覗き込めば、それはそれは呆れるくらい、真っ赤に腫れた目元が覗くというのに、ラインハルトは結局涙を流すことは無かったようで。 それが、ラインハルトの強さなのか弱さなのかは、には分からなかった。 おぼつかない足取りで、立ち上がり、やや乱れている髪を手ぐしで整える。 しかし、目に付いたキルヒアイスのケースが視界に入ると、は怯まずには居られなかった。 足がすくみそうになり、何とか踏みとどまる。 会いたい、と思う自分と、見たくない、と思う自分がせめぎあい、一番分かりやすく彼女に共感的理解を示したのは、殆ど昨晩から開きっぱなしになっている涙腺だけだった。 昨日、こんなに眼が腫れるまで泣いたというのに、この眼はまだ流す程の涙を残しているのかと思うと、不思議な感じがする。 涙で歪む視界のままで、一歩ずつ低温保存用の、ガラス張りのケースに近付いていけば、静かに横たわる朱い幼なじみ。 「ジーク」 呼びかけても、声は返ってこない。 朱い髪とは対称的な碧い眼も、もう開かない。 微笑むことも無ければ、その腕がを抱きしめてくれることも、もう無い。 無造作に、は低温保存になっているその柩を開けた。 ほら、今にも起き上がりそうなのに。 「ねぇ、ジーク。起きて。もう朝なのよ。」と。 そう言って起こすことが出来るこということが、それだけでどれほど幸せなことなのか、思い知らされたような気がした。 キルヒアイスが『死んだのだ』と認識するために、はまだ少し覚悟が足りなかったから。 だけど、色々難しく考えてしまう思考回路は、それを受け入れるか拒否するのか、頭がかんがんするような頭痛を伴って葛藤しているというのに、の感情は、心は、至って素直な身体反応を示していた。 気温が低いわけでもないのに、体ががたがたと震え、涙はやはり決壊した堤防のように止まる気配が無い。 それを拭うことも出来ずに、だけど必死で堪えるように。 は小さな体を更に小さくして、掠れる声を押し出した。 「ジーク。」 今、に用意された選択肢は、至って簡単な二択だった。 ラインハルトと共に、生きるか。 キルヒアイスを追って死ぬか。 どちらも実行することは容易なのに、選択するのは酷く困難だった。 だけど、ラインハルトは生きることを選んだから。 も、ラインハルトには生きて欲しかったから。 「ジークを、選べなくて、ごめんね。もう少しだけ、あと少しだけ、ラインハルトのそばにいさせてね。」 きっと、私がそこに行く日も遠くないから。 は静かに微笑みながら続けて、キルヒアイスの冷たくなった顔に触れると、そっとその髪をのけて、白くなった顔に口付けた。 もう黙したはずのキルヒアイスが少しだけ微笑んだような気がしたのは、きっとの気のせいだから。 |
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