ヒルダは知っている。 彼が自分と結婚したのは、そこに愛があったからではないことを。 それは脆弱な感情論ではなく、厳然とした事実であることも。 だから彼女は、今更と思いつつも、に聞かずには要られなかったのだ。 「私は本当に、陛下と結婚して良かったのでしょうか?」 暗に、必要であれば離婚も持さないという意思表示に、驚いたのはのほうである。 幸せそうにアレクを抱く腕をそのままに、思わず眼を見開いてヒルダを見返してしまった。 「ヒルダ様は、ラインハルトのことがお嫌いなのですか?」 そして返された言葉は、酷く心配そうな表情で。 ついうっかりとヒルダは苦笑を浮かべてしまった。 あるいは、その表情に救われたのかもしれない。 はまだ、ラインハルトに抱く感情の種類を理解していないようだったから。 「そうではありません。ただ…」 「ただ?」 心配そうに先を促す視線を直視できなくて、ヒルダは少し視線を落とした。 そもそもの立場が違うのだ。 はラインハルトが皇帝となった今でも、昔とかわらず名前を呼び、ラインハルトもそれを許している。 それは、ヒルダにも許されたことではあったけれど、意味が違うのだ。 の対応が変わっていないのは、ヒルダに対しても同じことであったが、ヒルダは自身が皇后となり、帝国のどの女性よりも高い身分になっても、自分がよりも高い位置に立ったとは思えなかったのだ。 無論、そんなことを望んでいたわけでもない。 おそらく、自分がラインハルトの子供を生むことになったのも、それがこの少女でなければ、誰にでも等しくあった確率であって、自分にその勤めが回ってきたのは、たまたまその時そこに居たからであることも、理解していた。 彼は絶対にを抱かない。 誰よりも大切にしているから。 それは不毛すぎる恋愛感情なのだろう。 せめてもの救いは、双方それに気付いていないということだけれど。 黙り込んでしまったヒルダに、はアレクを抱いたまま、その視界の中に入ってきた。 自然、膝を折るという行動になったわけだ。 皇妃に、侯爵令嬢が足を折る。 何らおかしなことではなく、むしろ当然の行為であったが、ヒルダは少し慌てたように腰を浮かした。 はただ、笑いかける。 「私は、ラインハルトとジークと、ずっと一緒に居たかったんです。」 少し伏せたの眼に、ヒルダは罪悪感を憶えたが、続けて鳴った鈴のような声は、そんなものに必要性が無いことを、明確に告げていた。 「隣に居ることを許される存在になりたかったの。でも、もうずっと隣にいることに気付いたから。」 自分はラインハルトとキルヒアイスの間に立つことを許されたから。 今も、昔も、これからも。 自分の両手は、一番大事な人たちで塞がってしまったけど、だけど。 そしては花が綻んだように綺麗な笑みを浮かべて続ける。 「ラインハルトの手のもう片方を繋ぐのは、ヒルダ様でしょう?」 どうしてそれに、気付かなかったのかと。 は僅かに俯いたヒルダの顔を見上げる。 少し涙で歪んだヒルダの視界の先では、の花のような微笑と、その腕に抱えられた自分とラインハルトの子供が、アレクサンデル・ジークフリードが居た。 そして、は少しはにかんだように、続ける。 「だから、ラインハルトを挟んだ反対側に、私がいることを、許してくれると嬉しいです、ヒルダ姉様。」 「――私も、同じことを聞きたいと、思っていました。」 自分こそ、彼の隣に居ることを許される存在になりたかったから。 何よりも、彼が大事にしている貴女から。 |
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