は、時々思い出したように壊れる。 それが、例の実験の精神的な影響であることは、多分以外の誰もが気づいているところだけど。 ザーっと、洗面所からはもう何時間も水が流しっぱなしになっている。 はまるでそんなコトにも気付いていないかのように、垂れ流された水と同じ時間、その前に立ち尽くして、鏡を睨めっこしていた。 そして時々、派手な音と共に、流しっぱなしの水の中に頭を突っ込む。 そんな奇行を朝から繰り返していると聞いて、僕がの部屋に行ってみたのは、もう夕方になってからだった。 「気は済んだ?。」 「ひばりさん」 「気が済んだなら、とりあえずこちらに来て着替えなよ。君、酷い格好。」 思ったより素直に僕に従ったので、無気力に顔を上げたの頭にタオルを被せる。 多分、放っておいたらそのままだと思うので、手を引いて洗面所からリビングのソファへと移動させた。 別にほったらかしてが風邪を引いても僕には関係無いのだろうけど、何となくその長い髪に触ってみたくなって、無造作に頭を拭けば、「痛いよ雲雀さん」と、少し困ったように笑う声が聞こえた。 どうやら完全に壊れてしまったわけではないその様子に、知らず僕の口からも安堵の息が漏れる。 全く、僕にこんな溜息をつかせるのは、君くらいのものだよ。 分かってる? 。 「一体、今度は何だったのさ?」 「――おとうさんと、おかあさんと、おにいちゃんがね、居ないの。顔が、思い出せないの。」 「の記憶は、作り物なんでしょ?なら、元々、顔も体も無いじゃないか。」 「でもね、雲雀さん。それでも私のお父さんとお母さんだったの。覚えてないから、私にとって実験なんか無かったのと同じでね、私が覚えている限り、それは架空のものでも本物なんだよ。」 うっかり舌打ちしたくなった。 それこそが、この実験の一番厄介なところなのだろう。 中途半端に記憶しているから、記録されているから、は苦しむ。 それを、自分で理解しているのか理解していないのかは、僕には分からないけれど。 自分では何も出来ない苛立たしさも相俟って、僕は酷く残酷な言葉をに投げつけた。 「そんなもの、忘れてしまえばいい。君が辛いだけなら、そんなもの。」 僕は、分かっていて地雷を踏むのが好きなのかもね。 まあ、自分でも分かってるけど、それくらい。 だから、次に来るの言葉も、予想はしていた。のに。 「そんなコト、言わないで。」 がしがしと頭を拭いていた僕の手に、の手が触れて、は小さいけれどはっきりとした声を押し出した。 「どんなまがいものだとしても、真実じゃなくても。私にとってはそれが現実だったの。」 だから、私に残ったあと少しだけの過去まで否定しないで、と。 泣くか怒るかどちらかの反応が返って来ると思ったのに、意外なほどに冷静な声で、は僕を見据えた。 |
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