そんなことは、誰に言われるでもなく分かっている。 今更気付かされる必要も無いくらいだ。 だけど、それが自分を欺いているということには、気付きたくなかった。 「どうして?」 は戸惑ったように、キルヒアイスを見つめる。 少し怯えた表情で。 その小さな頭の中に備わったシグナルが、本能的に危険だと鳴り響いているのかもしれない。 距離を取ろうとしているのか、小さく足が後ろに下がっていく。 それでいい。 今自分の射程距離に入ってきたら、そのまま帰すことなどもう出来ないだろう。 キルヒアイスは、自分の限界がすぐそこまで来ていることを、正確に悟っていた。 壊したくないのに、壊したいから。 だから今までにとって「優しい兄」であり続けたのに。 今まで保たれてきた「兄妹」という距離は、崩壊してしまった。 それを乗り越えてきたのはであるが、そうするように仕向けたのはキルヒアイスである。 「ジーク、私のこと、嫌いになった?」 「まさか。僕は君を愛しているよ、。君が想っているよりも、ずっと重くね。」 怯えているのに、それとは別の感情で泣きそうな表情のは、それでもキルヒアイスに問いかける。 ソファに沈み込んでいるキルヒアイスは、疲れたように嘲った。 そう、重いのだ。 この感情は。 この愛しい存在を、容易く押し潰してしまえる程に。 「。僕は君の感情を利用したんだ。僕に縋ってくる君を、甘やかして、慈しんで、僕から離れられなくなるようにね。」 離したくなかったから。誰にも渡したくなかったから。 ラインハルトがヒルダを選んだことで、祝福しながらも寂しがるを、利用した。 自分を頼ってきたから。 ずっと停滞していた自分達三人の関係が動き出し、概ね望んだ方向に動いたことを、キルヒアイスは満足していた。 だけど、望んだ通りに変化するのに比例して、キルヒアイスは自身のやりように嫌悪を募らせていった。 そして、それはキルヒアイスの感情を、総て飲み込もうとしたのである。 どんなに望んでも、人間の感情など操作できるものではないのに、そう思い込ませようとした自分自身に、キルヒアイスは酷く失望していた。 「――ジーク…」 「。僕を見るな。触るな。近付くな。」 アルコール度数が高いだけの、安上がりな酒をあおりたい気分だった。 だが、ソファに沈んだまま、天を仰いで右手で視界を覆ったキルヒアイスに、はそっと触れる。 手と手の指先が触れ合う程度の、ささやかな接触。 そしてはそのままキルヒアイスの表情が見えないように。 自分の表情が見られないように。 ソファに寄り添うようにして床に座り込んだ。 「ジーク、聞いて。利用したのは、私の方なの。」 は膝を抱えたまま、遠くを見るように呟く。 キルヒアイスが自分を拒まないことを知っていたから。 だからはキルヒアイスに縋った。 ただ、傍に居て欲しかったから。 ラインハルトのように、離れて行ってほしくなかったから。 「ごめんなさい。謝るから。だから、まだ私のこと、嫌いにならないで…。まだもう少し、私を一人にしないで。」 そうして最後には、その存在ごと消えてしまいそうな声で呟いて、は顔を伏せた。 は、自分はきっと酷い顔をしているに違いないと、思った。 それはキルヒアイスも同じだっただろう。 二人とも、自覚はしていた。 それでも、止められなかったのだ。 自分達は、とても弱い人間だったから。 とキルヒアイスは、互いにあさっての方向を向いたまま、同時に固く眼を瞑る。 痛みに耐えるように。 それを悔いるように。 そう。 利用したのだ。 今、顔をゆがめる彼女を、あるいは彼を。 利用したのは紛れもなく、自分だった。 どちらがより罪深いかは、互いに知る由も無いのだけれど。 |
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