Replica * Fantasy







No.22  【 利用したんだ。そう、顔をゆがめる君を利用しているのは、紛れも無く自分だ。 】




 そんなことは、誰に言われるでもなく分かっている。
今更気付かされる必要も無いくらいだ。
だけど、それが自分を欺いているということには、気付きたくなかった。


「どうして?」


 は戸惑ったように、キルヒアイスを見つめる。
少し怯えた表情で。
その小さな頭の中に備わったシグナルが、本能的に危険だと鳴り響いているのかもしれない。
距離を取ろうとしているのか、小さく足が後ろに下がっていく。
 それでいい。
今自分の射程距離に入ってきたら、そのまま帰すことなどもう出来ないだろう。
キルヒアイスは、自分の限界がすぐそこまで来ていることを、正確に悟っていた。
 壊したくないのに、壊したいから。
だから今までにとって「優しい兄」であり続けたのに。
今まで保たれてきた「兄妹」という距離は、崩壊してしまった。
それを乗り越えてきたのはであるが、そうするように仕向けたのはキルヒアイスである。


「ジーク、私のこと、嫌いになった?」
「まさか。僕は君を愛しているよ、。君が想っているよりも、ずっと重くね。」


 怯えているのに、それとは別の感情で泣きそうな表情のは、それでもキルヒアイスに問いかける。
ソファに沈み込んでいるキルヒアイスは、疲れたように嘲った。
 そう、重いのだ。 この感情は。
この愛しい存在を、容易く押し潰してしまえる程に。


。僕は君の感情を利用したんだ。僕に縋ってくる君を、甘やかして、慈しんで、僕から離れられなくなるようにね。」


 離したくなかったから。誰にも渡したくなかったから。
 ラインハルトがヒルダを選んだことで、祝福しながらも寂しがるを、利用した。
自分を頼ってきたから。
 ずっと停滞していた自分達三人の関係が動き出し、概ね望んだ方向に動いたことを、キルヒアイスは満足していた。
 だけど、望んだ通りに変化するのに比例して、キルヒアイスは自身のやりように嫌悪を募らせていった。
そして、それはキルヒアイスの感情を、総て飲み込もうとしたのである。
 どんなに望んでも、人間の感情など操作できるものではないのに、そう思い込ませようとした自分自身に、キルヒアイスは酷く失望していた。


「――ジーク…」
。僕を見るな。触るな。近付くな。」


 アルコール度数が高いだけの、安上がりな酒をあおりたい気分だった。
だが、ソファに沈んだまま、天を仰いで右手で視界を覆ったキルヒアイスに、はそっと触れる。
 手と手の指先が触れ合う程度の、ささやかな接触。
そしてはそのままキルヒアイスの表情が見えないように。
自分の表情が見られないように。
ソファに寄り添うようにして床に座り込んだ。


「ジーク、聞いて。利用したのは、私の方なの。」


 は膝を抱えたまま、遠くを見るように呟く。
 キルヒアイスが自分を拒まないことを知っていたから。
 だからはキルヒアイスに縋った。
ただ、傍に居て欲しかったから。
ラインハルトのように、離れて行ってほしくなかったから。


「ごめんなさい。謝るから。だから、まだ私のこと、嫌いにならないで…。まだもう少し、私を一人にしないで。」


 そうして最後には、その存在ごと消えてしまいそうな声で呟いて、は顔を伏せた。
 は、自分はきっと酷い顔をしているに違いないと、思った。
それはキルヒアイスも同じだっただろう。
二人とも、自覚はしていた。
それでも、止められなかったのだ。
自分達は、とても弱い人間だったから。
 とキルヒアイスは、互いにあさっての方向を向いたまま、同時に固く眼を瞑る。
痛みに耐えるように。
それを悔いるように。
 そう。 利用したのだ。
今、顔をゆがめる彼女を、あるいは彼を。
利用したのは紛れもなく、自分だった。
 どちらがより罪深いかは、互いに知る由も無いのだけれど。






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2009/08/21
互いに利用したとおもっているから、最後の一歩が踏み出せない二人。



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