その日はとにかく酷い雨の時間で、分かっていたのに思わず舌打ちをしたくなった。 それは別に俺だけじゃなくて、相変わらず勝てないチェス勝負に怒声を上げてるイザークや、湿気のせいでいつもより何割か増して髪の毛がうねっているニコルも同じなのかも知れないけど。 とにかく、アカデミーも最後の試験が終わった後の休日だから、俺たちはのんびりとしているわけで。 そうだなー、成績どうなるだろうなーとか思いながらも、つまり卒業ということは、本格的に軍に入ってナチュラルと戦うことになるわけで。 いや、そうじゃないか。 本当は、みんなが何処となく本調子じゃないのは、別にいつもより激しく設定してるらしいスコールのせいでも、成績が心配なワケでもなくて。 ましてナチュラルと戦うことが怖いわけでもない。 ただ、卒業という言葉が示す最初の事実が、軍への配属であって、配属と進級は違うということで、つまりは俺的には、割と仲が良いこのメンバーが離れ離れになってしまう可能性が嫌なだけなんだ。 皆の様子を見てる限りじゃ、そう思ってるのは俺だけじゃないみたいだけど。 だって、いつもならイザークが突っかかってくるからって渋るアスランが、今日は素直にチェスを受けてたし、いつもならイザークの後始末が大変だからって部屋へ逃げ込んでるディアッカも、特に何をするわけでもなくこの部屋に来てぼーっとしてるし、ニコルだって「イザーク、大声出さないで下さい、絶対音感が鈍ったらどうするんですか?」なんて文句を言いながらも部屋に帰る気配は無い。 でもって、俺らのアイドル、ちゃんだっていつもならイザークが…って何かイザークの話しばっかり。 って、あれ? ? は? 「なぁ、は?」 疑問に思ってそこら辺一体に向かって問いかける。 別に、に存在感が無いわけじゃないけど、ぼーっとしてるときは本当に誰がどう声をかけても、例えて言うならイザークが耳元で怒鳴ってもシカトが出来るある意味非常に羨ましい特技を持っていて、普段からがトリップしてる時に無理に声をかけようと考えるヤツがいないものだから、うっかり今日もそんな感じかと思って。 だけど、いつものの定位置になっているソファに、今日はその姿が無くて。 「そういえば、今日は見てないな?まだ寝てるんじゃね?ラスティ、お前起こして来いよ。」 「ディアッカ、いいの?もし寝顔が可愛かったら俺襲っちゃうかもよ?」 「ラスティ、貴様っ!」 「イザーク、叫んでないで次の手を打て。」 「アァスラァン!」 「うるさいですよイザーク。」 ああ、何か、なんていうか、本当に。 愛されてるのな、イザーク。 多分、というか、殆ど確信的にみんなイザークをからかって遊んでるんだろうけど、まあ、そんなイザークより、今は姿が見えないのほうが気になるので。 「じゃあ、ラスティ。僕も一緒に行きますよ。」 「おう、じゃ、行くか。ニコル。」 ということで、ニコルと談話室を出ての部屋に行こうとしたら。 こんこんと、背後でガラスを叩く音。 一瞬雨かとなんかの空耳かと思ったけど、もう一度同じ音が聞こえたので振り返ってみれば。 「ラスティ、開けてー。」 「うおっ!そんなところで何してんだよ!!」 もう一回言っておくけど、今日の天気は雨。 何故って毎月25日はスコールの日だから。 しかも今日に限っていつもより無駄にサービスしたような大雨。 の、中、傘もささずに何しちゃってんのこの子っ!! 大慌てで窓を開ければ、もう雨は吹き込むし、部屋で好き勝手してた野郎どもは寄って来るし。 一番窓側だった俺は超災難。 でもそれよりももっと大変なことになってるは、平然として笑っている。 「凄い雨だったから、外に出てみようと思って。」 「ラスティお兄ちゃんはその感覚が分からないんですけど、ちゃん。せめて傘とか持とうとか思わなかったの?」 「だって傘飛んで行っちゃったら大変じゃない。」 「僕は傘があっても出たいとは思いませんよ?。」 ニコルと俺が交互に言えば、は返す言葉も無いとばかりに肩をすくめる。 あーあ、風邪でも引いたらどうするの、この子。 お兄ちゃんは心配だよ。 「ディアッカ、任せた。アスラン、その辺からタオル調達してきてくんねぇ?そしてイザーク、分かってるからちょっと黙って。」 「ラァァスティィィ?」 「そんな低い声出したって、ラスティ君には聞こえません。」 なんか馬鹿ばっかなやり取りをしているうちに、窓から体を乗り出したディアッカが雨でびっちゃりなを持ち上げて部屋の中に入れる。 「ありがと、ディー。」 「おう。お礼はほっぺにちゅーでいいぜ?」 「ツケといてー。そのうちまとめて踏み倒すから。」 「ちゃんつれないなー。お兄ちゃんかなしー。」 「とりあえず。ほら、タオル。」 「ありがと、アスラン。」 単純に、一番年下のに、みんな兄貴の気分だ。 超溺愛。 だって可愛いし。 素直だし。 でも、雨の日に出かけるのはよく理解できない。 服が濡れると気持ち悪いし、寒くなるし、何もいいこと無いのに。 だから早く着替えさせなきゃいけないんだろうけど、何となくみんなぼけっと濡れ鼠なを見つめていたら。 イザークが。 おかっぱが。 あの癇癪持ちが。 不意にに近付いて、きな粉と黒蜜を掛けたら多分食えるんじゃないかと思うくらいもちもちなのほっぺたに触れた。 「お前、泣いてたのか?」 イザークの行動は予想外だったけど、その言葉も充分予想外だ。 それが実は図星だったらしいの反応も、大分予想外だったけど。 ふにゃっと、笑ったかと思えば、次の瞬間にはもうでっかい眼には涙が溢れてて。 でもは、髪も顔ももう充分すぎるくらい濡れてたから、実はもう随分前から泣いてたことに、俺たちは気付けなかったんだ。 「――もう止まったと思ったのに、イザークのバーカ。」 可愛い妹の暴言に、イザークは呆れたように、顔をしかめて、ぐりぐりとの顔にタオルを押し付ける。 なんか酷い扱いに見えるんだけど、此処でイザークがを抱きしめたりしたら、あのおかっぱ後でリンチするしかないし。 でも今は、そんなコトは二の次であって。 洗い立てのタオルに顔を埋めながら、小刻みに肩を震わせて、本当に、本当に小さい声で、俺らみんなの言葉を代弁したんだ。 「――わたし、そつぎょうしたくないなぁ……」 |
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