は、ゴールデンバウムの平均的な門閥貴族の令嬢と比べると、まず間違いなく逸脱した存在だと言えるだろう。 その行動も、思考回路も、理解に苦しむものがある。 それは、見るものを不愉快にさせるような類のものではないのだけれど、良くも悪くもそういった令嬢達に慣れていた彼らにとっては、のようなタイプにはいちいち驚かされてしまうのだ。 例えば、彼女が自らキッチンに立つことも、元帥府の幕僚に混ざってなんちゃって戦術論について語ることも、暇だからと言って一般兵に混じってジムで時間を潰すことも、庭で泥いじりをすることも。 事あるごとにラインハルトやキルヒアイスは「はしたない」だの「年頃の娘が」などと口うるさく言うだが、結局のところ、大事なお姫様の無防備な姿をあまり人目にさらしたくないという、それだけの話なのだろう。 この日、がラインハルトの執務室に居座って、その来客用のソファで眠っているのを見ても、彼等は何も言わなかった。 半分は諦めていたと言ってもいい。 だから、最近では心得ている者は、余計なことは言わずに見てみないフリを決め込む。 ミッターマイヤーは微笑ましい姿に小さく笑んだだけだったし、反対にロイエンタールは呆れた表情を隠そうともしなかった。 ビッテンフェルトはその足音を慌てて抑えた。ヒルダはこっそりとブランケットを持ってきた。 普段と微塵も変わらなかったのは、オーベルシュタインとアイゼナッハくらいのものである。 「ラインハルト様、せめて奥へ運んだ方がよくありませんか?」 「俺もそう思ったんだが、動かそうとしたら起きそうだったんだ。」 書類を渡しにラインハルトのもとを訪れたキルヒアイスは、に気付いたとき恨めしげに漏らしたものだが、ラインハルトも憮然として答える。 別に、起こして自分の足で歩かせて奥のベッドに行かせたところで、特に支障があるわけでもないだろうに、を起こしてしまうのは罪悪だとでも思っているのだろうか。 「まったく、はどうしてこんなところで寝るんだ。」 ラインハルトは無造作に書類にサインを走らせながら呟く。 ならば、どうしてこんなところで寝かせたんだ、とは、言っても無意味なのだろう。 キルヒアイスも少しだけ笑って同意した。 だが、そもそも会話が小声になっている時点で彼らの負けなのだ。 はたして、それに気付くのは一体どちらが早いかど、ロイエンタールなどは一人呆れながら思ったものだが。 「。眠るなら、ちゃんとベッドに行きなさい。」 「――ん…」 ゆさゆさと身体を揺らしてみても、は夢の中に片足を突っ込んだまま出てくる気配が無い。 そのくせ、抱き上げて移動させようとすれば「やだぁ…」と拒むのだ。 これではキルヒアイスも肩をすくめるしかない。 「ほらみろ、俺が言ったとおりだろう?」 だから自分は不可抗力なのだと、妙なところで子供っぽく言い返してくるラインハルトに、キルヒアイスも苦笑を浮かべるしかない。 「――ぅん……ラインハルト…、ジー…ク……」 だけど、ごく小さなかすれるような声が、自分達の名前を呼んで。 ラインハルトとキルヒアイスが同時に振り返ったが、はどうやら目覚めたわけではなさそうだった。 僅かに身じろいきをして、そして再びかすかな寝息が続く。 ラインハルトとキルヒアイスは、やはり同時に顔を見合わせて苦笑してしまった。 「ラインハルト様、顔がにやけていますよ。」 「お前にだけは言われたくないぞ、キルヒアイス。」 |
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