紅茶の淹れ方も、お菓子や料理のレシピも。 それが彼女に似ていれば、自分をもっと必要としてくれるかもしれないと。 そんな感情が本当に無かったのかと問われれば、きっとは答えに詰まってしまっただろう。 「侯爵令嬢の癖に、よくここまで料理が出来るな。」 「――練習、したから。」 からかい気味の言葉と共に笑うラインハルトに、は一瞬手を止めてぎこちなく微笑んだ。 彼女にとってそれは、素直に受け取れる賛辞ではなかったらしい。 アンネローゼが連れ去られて初めて、はラインハルトとキルヒアイスにとって、その存在がどれ程重要なのかを知った。 無論、自分の中に出来上がった空洞を考えるならば、にとっても、アンネローゼという、無償の愛を注いでくれる存在が、どれ程大きな存在であったかは明白だったのだけれど。 だから、『取り戻さなくてはならない』 ただそれだけが、彼女達に言葉にせずして浮かび上がった共通の認識で。 ほぼ同時期にもたらされた『クロプシュトック家へ戻る』という話を受けたのも、そうすることが、自分にも出来る唯一の手段だと思ったから、だからはその話をのんだのだ。 ずっとよくしてくれた、キルヒアイスの両親と離れるのは、アンネローゼが連れて行かれてしまったときと同じくらいに胸が苦しかったけれど。 そして実際には、が思うほど、簡単ではなかった。 クロプシュトックは確かに侯爵家ではあったけど、有力な貴族ではなかった。 『財力』という点において言うなら、確かに侯爵家相当のものを有していたが、『権力』という点においては、まるで持っていなかった。 皇帝へはおろか、貴族間の影響すら殆ど無いに等しい。 新無憂宮内の話も、軍事も情勢も、新聞の紙面以上の情報は入ってこなかったのだ。 結局、何も出来ないという感情が燻り、その一方で、『貴族令嬢』として押し付けられる何もかもがイヤで、手を付けてみたものの一つが、料理だった。 上手くいったら、似ていたら、食べてもらえたら、喜んでもらえるかもしれない、と。 上手くいっても、似ていても、食べてもらうことなど、無いというのに。 食べてもらうことが出来ないのに、真似てみる意味など無いというのに。 だから、アンネローゼのそれに、どんなに似ていたところで、喜んでくれる人などいないというのに。 それでも、は何度も何度も作り続けた。 あるいはそれは、いつかどこかへ嫁がせて家の再興を図ろうと、『完璧な侯爵令嬢』を押し付けてくる祖父への反抗だったのかも知れないけれど。 「、どうかしたのかい?」 「なんでもないわ。」 何処か遊離していたの意識を、キルヒアイスが呼び戻す。 戻ってきたは、小さく首を左右に振って、そしてふわりと笑って応えた。 「ね、ラインハルト、ジーク。おいしい?」 問いかけてみれば、彼等は一瞬手を止めてから、が望んだとおりの言葉を返してくれた。 |
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