「、こっちへおいで。」 「えっ?えっ?!」 ぐっと、腕を引かれて、は会場から回廊へと連れ出された。持っていた薄いグラスのカクテル、に、見せかけたアップルサイダーが、少しだけ零れる。殆ど強引に引きずられたは、完全にバルコニーの柱の影に来たところで、その暗がりの中、キルヒアイスに抱き締められた。 全く持ってその行動の理由が分からないは、少し自身の動悸が治まるのを待ってから、軽くキルヒアイスの腕を叩く。 「ジーク、どうしたの?気分でも、悪くなったの?急に、びっくりしたわ。」 「なんでもないよ。ただ少し、には危機感がないんじゃないかって思って。」 「なぁに、それ?」 キルヒアイスが急に引っ張ったから、おかげでせっかくアンネローゼに選んでもらった薄水色の花のようなドレスに、少しだけ濡れた染みが出来てしまった。だけど、の心遣いを殆ど無視するように、キルヒアイスは抱き締めたまま、今度はその首元に顔を埋める。 彼が何を考えているのか、遅ればせながら漸く気付いたは、「駄目っ」と、せめてもの抵抗を試みたが、結局のところ、この身長差と力の差を跳ね返すことは出来なかった。 きつく吸われて、そこがどうなったのか、知りたいような知りたくないような。だけど、ごく僅かな経験上、どうなったのか確認することは出来なくても想像することは出来る。 「酷いわ、ジーク。これじゃあ、こんな、こんな……」 「そうだね。気付かれないように隠すには、至難の業だ。だからもう、今日は帰るかい?」 否定せず、にっこりと笑う顔は、恐らくは確信犯なのだろう。もちろん、首の、少し上の方。顎のすぐ下の辺りに咲いた花は、キルヒアイスの視界には入ってこない。この近距離で、キルヒアイス程の身長を有する相手ならば、逆に気付かれる心配はないのだろう。 その代わり、その身長を持ってして視界に入る光景は、きわどい胸元だった。特別にそれを強調した作りにはなっていなくても、上から見下ろすその状態は、キルヒアイスが心穏やかにしていられるものではない。 無論、も、それを選らんだアンネローゼにも、予想出来ないことだったのだろう。彼女たちの身長を思えば、見えなくて当然の角度だからである。ただし、キルヒアイスの認識から言うなら、コレは、いただけない。何よりこの元帥府に属するものは皆、長身の軍人が多いからだ。 それは、キルヒアイスにとっては、首に咲かせた鬱血の花よりもよっぽど深刻で切実な問題である。だから、コレを理由にがおとなしく帰ってくれるというのならば、それにこしたことはなかった、の、だけど。 「でも、こんなことするのなんて、ジークくらいだもの。」 「そうかな?でも、柱の影に連れ込んだのが僕じゃなかったら?は抵抗できたかな?」 基本的に、人類皆兄弟という認識があるには、その危険性もあまり上手く想像できない。だから小さな少女は、小さく首を傾げてキルヒアイスを見上げて恐る恐るといった態で言い返した。 「せっかく、ラインハルトが招いてくれたのに…。アンネローゼ姉様も、せっかく綺麗にしてくださったのよ?」 は帰ることを渋る。パーティーなど、彼女が望めばラインハルトは適当に理由をつけていくらでも開いてくれるだろうに、というのは、言いすぎだろうが、ここまでが気にするようなものでもなかろうに。 キルヒアイスの危惧していることには全く持って気付いていないに、一つ溜め息をついてから、今度は口説き落とすことにした。 「そんな、綺麗なだから。余計に、だよ。僕は他の誰にも見せたくないな。」 「――や…、ジーク…っ」 「僕は、パーティーよりも、と一緒に居たい。」 「――んっ…」 「僕以外の誰も、の隣に立たせたくないんだ。分かってくれないかな?男はみんな、敵なんだよ?」 「分かった、から、ジーク…」 耳元で囁けば、はもう一枚の花びらを恐れて少し身を固める。彼女は多分反射的に答えているだけで、きちんと理解してくれていないだろう。だから、キルヒアイスは、空いた唇での反論をふさぐ。どうせならこのまま、際どく覗ける二つの胸に触れても良かったけれど、それはまた別のときの楽しみだ。 くぐもった声が漏れて、の頬が赤くなる。彼女が苦手な窒息死の危険性があるキスを、キルヒアイスはためらう事無く注ぎ込んだ。吐き出す呼吸すらも飲み込んで、奪い尽くす。 このままの意識が蕩けたどさくさに紛れて、そのまま連れ帰ってしまおうと、それがキルヒアイスの作戦だった。それなのに、漸く呼吸を解放されたは、キルヒアイスが何か話すよりも早く、見知った人間の姿を見つけて、まるで助けを求めるように声をかけたのだ。 「ロイエンタール提督」 未だ、半分キルヒアイスに抱えられて呼吸を乱した少女と、表情に反して人を射殺せそうな視線を放つ赤毛の青年。ロイエンタールには充分すぎるほどその後が想像できたが、呼ばれてしまったのに無視するわけもいかない。振り返って彼は、酷く迷惑そうな表情で相反する二人の視線に応えた。 |
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