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No.XX 【 おまけのおまけの籠の中 】




 ぱふん、と、首元を撫でられるくすぐったさに、は泣きそうな気分になった。恋人に鬱血点をつけられて、それを隠してもらうためにひっぱてこられたなんて、恥ずかしくて穴があったら入りたいくらいだ。


「もう少し上を向いてくれますか?」
「――はい。ごめんなさい、様。」


 には化粧品を持ち歩く習慣がないため、助け舟を出してくれたに任せきりにするよりほかない。
 「ちょっと控え室に付き合って頂けませんか?」と、笑顔でに言われたときには、不覚にもそれに思い至らなかった。もちろん、それをキルヒアイスにつけられたのは数分前のことだったから、忘れるには少し早すぎる感覚である。だけど、その短い間隔の間に、窒息死の危険性まで含んだキスで思考回路を犯されて、助けを求めるように逃げ出した後となっては、無理もない。
 だけど、それを控え室でに指摘されたときには、何だか、自分がとても悪いことをしているような気分になって、は殆ど泣き出しそうな勢いで謝ってしまった。何に対してかは、良く分からない。しかも、彼女にとっては不可抗力の産物に、である。


「うーん、やっぱり、完璧には誤魔化せませんね。あとは、チョーカーでも着けますか?」


 そう言って、は自分の首元を飾っていた幅広のレースのチョーカーをはずす。パーティーの席で、大荷物を持ってくる貴婦人は基本的に居ない。だから、が予備のアクセサリーを用意しているはずもなく、の首筋に浮いた花びらの痕跡を完璧に隠そうとすれば、自身が着けているものを貸す嵌めになるのは、むしろ当然のことだろう。
 だけど、さすがにそれでは申し訳ないと思ったらしいは、それを辞退しようとした。


「でも、様の首が寂しくなってしまいますね……。」
「私は別に、オスカーに悪戯されたりした痕跡はありませんから、大丈夫ですよ。」


 は笑って、自分の首からはずしたチョーカーをの首に巻く。結局、の言葉にまた少し頬を紅潮させたは、半ば流されるようにその好意を受け取った。からかわれていると感じたのは、の被害妄想であろうが、が見栄えのするを着飾らせて楽しんでいることは否めないだろう。
 彼女はのその細い首の呼吸を圧迫しないように、そっとチョーカーを巻く。の呼吸を奪っていいのは、たった今隠した所有権をつけた赤毛の青年一人だけだろうから。
 思いのほか、ドレスとも似合ったチョーカーに、が満足げに微笑を浮かべれば、は対照的に酷く申し訳なさそうな表情で咽喉もとのそれに触れた。繊細なレースは、少しでも引っかかってしまえば、それほど長くは無いの爪でもすぐに傷めてしまうだろう。
 それは、が着けている細いプラチナのネックレスも同じことであるから、は変わりにそれを外そうと、もう一度の首に手を伸ばした。


「あの!!これは!!」
「ああ、チョーカーを着けるのなら、外したほうがいいと思いまして。イヤでしたか?」


 とたん、過剰に反応したに驚いて、は反射的に答える。いかにも腹に一物ありそうな人間が考えることは、なんとなく想像も出来るが、普通の女の子の思考回路が分かるかといわれると、は自分が「女の子」という過程を経てきたにも関わらず、自身が無い。だけど、その後で、しどろもどろに、「これは、ジークがくれたものだから」と、言われれば、さすがに分かる。
 自分だって、新しく夫婦という関係を築くに至ったロイエンタールからもらったピアスとリングは大事だ。


「あの、様、ごめんなさい。」
「どうして謝るんですか?」
「――分かりません。でも、なんだかごめんなさい…」


 迷惑をかけてしまったことに対する謝罪なのか、そもそもはその意義を感じなかったが、それでもが酷く困惑しているのを見ていると、何だかキルヒアイスが思わず虫除けをつけたくなる気持ちも分からないでもない気がした。
 面白がってはに失礼だろうと思いながらも、思わず零れる笑みをとどめることが出来ず、既婚者として、そして年長者として、ついうっかり余計な一言を言ってしまいたくなる。


、一応、ネックレスは外しておきましょう。大丈夫、肌身離さず装備しておける場所なんて、案外たくさんあるものです。」


 今度はそう断ってから、の首にかけられたシンプルなチェーンだけのネックレスを外す。そして、「失礼」と断ってから、その胸元の隙間にそれをしまってやった。
 その際にも、胸元に僅かに垣間見えた花弁に、少し呆れてしまったが、それはやはりには不可抗力の話だろう。
 は、うちのオスカーだってここまで独占欲が酷くないぞ、と思ったが、思っただけで鳥肌が立ったあたり、比較対象を間違っているのかも知れない。


、一つキルヒアイス提督に復讐してみてはいかがでしょうか?」
「――復讐、ですか?」


 楽しそうなの声に、は訝しげに顔を上げる。未だ少し落ち込んだような表情の中で、紅い眼だけが僅かに興味を引いているようだった。


「そうです。逆転の発想というのは、常に大事なものですよ。やられたらやり返せばいいのです。」


 でも、同じことをしただけでは、キルヒアイス提督は喜ぶだけでしょうから、いっそ思い切り噛み付いて御覧なさい、と。
 ほくほく顔で言われた言葉が何だか酷く楽しそうな計画に聞こえて、は漸く「そうですね」と笑みを戻した。






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2008/05/06 



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