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No.XX 【 おまけのおまけの籠の外 】




 先だってのパーティーで、一人災難を引っかぶった男、オスカー・フォン・ロイエンタールは、いつもと同じ仕事をこなしに行く足が、今日は非常に重いことを自覚していた。
 それは、同僚に嵌められた浮気疑惑が晴れて、新婚家庭がまた罠の嵐になったからではなかった。昨晩のパーティーの帰りに通りかかった、養豚所の車の事故現場から逃げ出した子豚を、新妻が拾ってきたからでもない。
 無論、その二つのせいで自宅は色々と大変なことになっているが、今日遭遇するであろう、赤毛に海の底から見上げた空の色の眼をした同僚のブリザードに遭遇することを思えば、なんてことはないのだ。
 昨晩、パーティーのときに不幸にも彼の最愛の恋人にうっかり呼び止められ、よからぬ痕跡をその首元に見つけてしまってから、今日のこの運命は確定のものになってしまったとはいえ、どうして自分がこれほど貧乏くじを引かなくてはいけないのか理解に苦しむ。
 出来れば遭遇しないに越したことは無いが、さてどうしたものかと考えたところで、ロイエンタールは自分がヴァルハラの神々に完全に見放されたことまでもを自覚した。


「おはようございます、ロイエンタール提督。」
「――ああ、キルヒアイスか。」


 やたらと機嫌の良い声でかけられた声に、曖昧に返しながら振り返る。顔を見なくても、その声が誰のものか、不愉快ながら間違えようも無い。
 気になるのは、何故そこまで、薄ら寒くなるほど機嫌がいいのかということだ。自分は、昨晩彼が恋人につけた『虫除け』を、新妻に言ってどうにかさせた自覚はあるが、それはキルヒアイスの機嫌を取るような行為ではない。ロイエンタール自身には覚えが無かったが、彼はキルヒアイス自身の首元に、その原因を見つけて、別の意味で眉をしかめた。


「おい、キルヒアイス。」
「なんですか?」
「聞きたくないが、お前がそこまでそれを見せびらかしてる理由は尋ねられたいからだと思って、とりあえず、聞いてやる。その歯型はなんなんだ?」


 ロイエンタールは、嫌味も惜しげなくつぎ込んで問いかけたつもりだった。だが、彼が思うよりも、キルヒアイスの精神構造は随分強烈だったらしい。


「ああ、につけられまして。」


 表面上、困った顔になるくらいであれば、最初からみせびらかすな。と。ロイエンタールは頭を抱えたくなった。
 彼らが着ている軍服は、カラーが差し込まれたものであり、首元まできっちりとしまるようになっている。それを全て止めれば、が残した痕跡など綺麗に隠せるというのに、あえて見せびらかすキルヒアイスに、ロイエンタールは早々に匙を投げることにした。上機嫌で自分に構う気が無いというのなら、こんな馬鹿げた人間を相手にするのは自身の精神疲労回復の妨げにしかならない。


「そうか、それは良かったな。だが、お前が虫除けをつける理由はないと思うぞ。陛下が卒倒する前にそれをしまっておけ。」
「それもそうですね。ああ、ロイエンタール提督。」


 もう構うものか、と。さっさとキルヒアイスに背を向けて自分の執務室に向かおうとしたロイエンタールに、キルヒアイスはそれでも上機嫌のままで、ひっそりと爆弾発言を投げ込んだ。


「奥様にお礼を言っておいてください。どうやらに『虫除け』の仕方を教えたのは、フラウ・ロイエンタールのようですので。」


 そして無駄に爽やかな笑みを浮かべて、キルヒアイスは颯爽とロイエンタールに背を向ける。思わず振り返ってしまったロイエンタールは、今度こそ床にのめりこみたくなった。
 全く、どうして自分ばかりが遭遇したくも無いことにばかり遭遇してしまうのかと思いながら。






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2008/05/06 



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