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No.XX 【 おまけのお話 】




まずいところに通りがかってしまったな、とまでは彼は思わなかった。
偶然そんなところに出くわしてしまったのも、単にパーティ会場に一向に連れが姿を見せないので様子を見に行こうと、人通りの多い中の廊下を避け外の回廊を使おうとした、それだけのことのせいである。

そして、回廊の途中にあるバルコニーの柱の影で抱き合っている男女の姿がなければ、ロイエンタールはもっと早く目的の場所に到着していたに違いない。
身長差の大分ある二人は暗がりの中顔など見えなかったが、彼にはそれが誰と誰であるかよく分かった。
主君の親友である男と、彼らが溺愛する少女。
彼女の押し殺した吐息が夜陰の中に零れる。
このまま気づかれて邪魔をして恨まれるのは御免だ、そう判断したロイエンタールは踵を返した、ところに少女の声が響く。

「あら、ロイエンタール提督」

どうして気づくんだ! と彼は心の中で叫んだが、彼の方がパーティ会場から洩れる光に近いところにいるのだから仕方ないのかもしれない。
それにしても気づいても気づかないふりをして欲しかった。Uターンをした意味がない。
ロイエンタールは仕方なく振り向くと挨拶した。

「これは、にキルヒアイス」
「ロイエンタール提督、酔い覚ましですか」

冷ややかと言っていいキルヒアイスの声に、ロイエンタールはパーティが始まって30分で酔う人間がどこにいるのだ、という突っ込みを飲み込んだ。
隣にいる薄水色の花のようなドレス姿の少女は気づいていないようだが、明らかに変な威圧が赤毛の青年から滲み出ている。これは関わり合いになりたくない。
ロイエンタールは務めて平静な声で返した。

「連れが来ないので入り口に様子を見に。だがもう会場に来ているかもしれぬな。失礼する」
「奥様ですか? なら私も参ります。お会いしたいですから」

美しい笑顔を見せて彼の方に駆け寄ってくるに、来なくていい来なくていい、とロイエンタールは念じたが通じなかったようだ。
少女は彼と並んで歩き出そうとする。そこに露台に留まったままの男の声がかけられた。

、忘れては駄目だよ」
「分かってるわ」

二人の会話に口を挟む気はロイエンタールにはない。
振り返ってキルヒアイスに形式的な礼をすると「をお願いします」と言われた。
何だか妙なアクセントがこもっていたが、彼は気づかなかったことにする。
不本意ながらもを伴い建物内の廊下に戻ったロイエンタールは、ようやく解放されたことに息をついた。

「まったく……気を利かせろ、
「どなたにですか?」
「自分たちと、俺にだ」

言いながら横にいる少女に呆れた視線を送って、そこで彼は頭痛を覚える。
ちっとも解放されていない。むしろよくないことに気づいてしまった。
白く滑らかな肌、ドレスでは到底隠せない横の首筋に紅い痕がついているのだ。
深い色の薔薇を散らしたようなそれにロイエンタールはどう対処するべきか柄にもなく悩んだ。
彼女本人は角度的に見えないようだが、このまま会場に入れば皆が気づく。それはさすがに不味いだろう。
もしかしてキルヒアイスの「お願いします」とはこれも含めてのことなのか違うのか。
黙り込んだ上、足も止めてしまったロイエンタールには怪訝そうな顔をした。

「どうかなさいました?」
「いや……キルヒアイスに何か言われたか?」
「内緒ですわ」
「…………」

どうしてくれよう。そう思った時、ちょうど彼の連れが廊下の向こうからやってくるのが見えた。
シンプルなドレス姿の彼女は慌てて駆け寄って来ると二人に向かって頭を下げる。

「遅れました。申し訳ありません」
「何をやってた。支度に手間取ったか」
「いえ、途中の道路で養豚所の車が事故を起こしてましてね。逃げ出した豚が道路をわらわらと……」
「もういい」

疲労が倍になる気がしてロイエンタールは深く溜息をついた。一方と笑顔で挨拶を交わしている。
ふと思いついて彼は妻の耳を引っ張ると囁いた。

「あれを何とかしろ」
「あれ?」
の首だ」

言われたは少女の右側を覗き込んだ。思わず彼女が絶句したのが気配で伝わってくる。
再び怪訝な顔になったを前に二人は声を潜めた。

「これって、キルヒアイス提督……?」
「他に誰がいる」
「うわぁ。所有を主張してますね」
「さすがにあれで会場に入ってはまずいだろう。何とかしろ」
「何とかしていいんですか? あとで睨まれませんか?」

一人だけついてこれていない当事者が首を傾げる中、二人は顔を見合わせて沈黙した。
キルヒアイスはパーティがあると分かっていながら間違って痕をつけるような人間ではない、と彼らは思う。
ならばこれはパーティの参加者に対する意図的な「虫除け」なのだろうか。
だとすれば消してしまっては二人にあの冷視線が突き刺さる、ような気がする。
しかしこれはの名誉に関わる問題だ。
困惑しながらも決定権を委ねてくる妻の視線に、ロイエンタールはややあって苦渋の表情で頷いた。

「何とかしろ。あとは適当にごまかす」
「了解しました」

は夫の決定に笑顔を作るとに向き直る。

、ちょっと控え室に付き合って頂けませんか?」
「はい」

二人の女性は笑いさざめきながら廊下を会場から逆方向に離れていった。
十五分後、コンシーラを塗りネックレスを幅広のレースのチョーカーに変えたが会場に戻ってきたが、ロイエンタールは軽く頷いただけで彼女とも赤毛の青年ともパーティが終わるまで微妙な距離を取り続けた。
その後恋人同士である青年と少女の間にどんな会話があったのか、それは誰も知らない話である。






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2008/05/06 
由紀さんから素敵なおまけを頂きました!ありがとうございます!!



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