『まあ賭けてもいいが、そんなことを相談したら、その日のうちにベッドに縛り付けられて気絶するまで散々鳴かされた挙句に孕まされると思うがな。』と。 彼女が知る限り、もっとも女性経験が華々しいロイエンタールが言った言葉を、はぼんやりと思い出した。 今更ながらに、言葉の意味を考えると、大変なことを言われたのかも知れないな、と思う。でも、その過程を省くとしても最終的に、そのビジョンに行き着けたら、それはとても幸せなことなのだろうなと、思った。 『そんなこと』って、どんなことだっただろうかと。鈍った思考回路では、筋道を辿ることが出来ない。だけど、ラインハルトとヒルダの子供を抱いて。アレクを抱き締めて、自分は確かに言ったはずだ。 『ねぇジーク。私も赤ちゃんが欲しいな。』と。 「ん…ジーク……」 「怖い?」 首筋や、胸元に時々走る感覚を、どう表現すればいいのか、には良く分からない。だけど、こんな状況で、そんなことを思い出して、自分は一体何を望んでいるのだろうと、仰向けに倒された柔らかいベッドの上で考える。そろそろ思考回路が麻痺してきたけれど、多分部屋の明かりが眩しいと思わないのは、に被さるようにして見下ろしている赤毛の彼のせいだろうな、というところまでは、認識していた。 「――ジーク、ロイエンタールていとくが…」 不意にそう呟いた。その瞬間、の首に顔をうずめていたキルヒアイスが、僅かに歯を立てる。言葉で言うより先に、キルヒアイスはその不満を行動で示した。柔らかい首の感触が、自分の歯を沈ませる。これ以上はいけないな、と思う感覚と、が「痛い」と小さな悲鳴を上げるその接点に至って、漸くキルヒアイスは顔を起こした。 「酷いな、。この状況下で普通、他の男の名前を呼ぶかい?」 「――そうじゃ、なくて。」 涙目になって、脱力したようにベッドに沈み込む今の姿は、とても扇情的だ。子供と大人の領域を漂っているは、同時に子供でも大人でもあるから。日の光の下では無邪気な子供に見えるのに、夜の明かりの下ではちゃんと年齢相応以上の大人の顔になる。 は噛まれた首筋に恐る恐る手を添えながら、キルヒアイスを見上げた。 「言ってみればいい、って。言ってた、の。」 「何を?」 なんだったかしら? 呂律が回らなくなりそうなこの雰囲気に酔わされて、はとろんと目蓋を伏せる。キルヒアイスが愛しむようにその顔に触れれば、は甘えるように頬を摺り寄せた。 何を、言おうとしたのだろう?そう、たしか、自分は、こう思っていたはずだ。 「――どうしたら、ジークを、わたしのものにできるかしら、って。どうしたら、わたしは、ジークのものになれるのかしら、って。でも…」 「――でも、何だい?」 キルヒアイスは決してを責めない。本当は今すぐにでも聞きたいのだけど。 だけど彼は、充分に選択肢を与えておいて、そしてきちんと選ばせてくれる。たとえ選択肢を見えないところで狭めていっても、誘導していても。最後のところではきちんとに選ばせてくれるのだ。 だから、キルヒアイスは今すぐに抱き潰してしまいたい衝動を堪えて、の顔に触れる。眠ってしまいそうに伏せた目蓋を辿り、キスで濡れた唇に触れて、その先を促すかのように。 「分からないことばかりなの」 は薄く唇を開く。その隙間に、キルヒアイスの指が触れて、柔らかい舌がそれを撫ぜた。は熱に浮かされたように呟く。 怖いの。さみしいの。欲しいものばかりなの。ごめんなさい。どうしたらいいのか、よく分からないの。自分がどうしたいのか、良く分からないの。ジークとずっとくっついていたいの。どうしたら、ジークは私のものになってくれるの?どうしたら、私をジークのものにしてくれるの?こんなことを言う私に、幻滅してしまった?それとも呆れてしまった?何でもするから、怒らないで。もうこれ以上拒まないで。嫌いにならないで。 決壊してしまった感情の堤防は、留まるところを知らない。 「私、私じゃないみたい。ラインハルトとジークが好きだった可愛い妹のは、きっともう、何処かへ行ってしまったんだわ。」 そう言って、はぽろぽろと涙を零す。 幸せに、なりたいと思ったのだ。子供が居て、愛する人が居て、そして自分が居て。もう何もいらないと思っていた自分は何処かへ行ってしまった。こんなに、欲深くなってしまった。もう自分は、綺麗な場所には居られない。堕ちてしまったのかもしれない、と。 は救いを求めるように、キルヒアイスに腕を伸ばす。自分に触れてくる手を真似るように、海の底から見上げた空の色をした眼に触れようとして、その唇に触れようとして、その顔に触れようとして。そしてそのどれもが届かないことに絶望したように、再び眼を伏せる。溢れかえった水滴が、の顔に触れていたキルヒアイスの手をも濡らした。 それを、まるで傍観者のように眺めていたキルヒアイスが、ふっとその表情を緩める。 「ごめん、。苛めすぎたみたいだね。」 だけど僕は、その言葉を待っていたよ、と。 涙を掬い上げるように唇を寄せて。水滴が描いた曲線を辿るように舌を這わせて。薄く開いた鳩の血が自分の姿を映していることを確認してから、キルヒアイスはもう一度に一つ、酸欠にならない程度のキスを送ってから、微笑んだ。 言葉にして伝えたい想いも、たくさんあるけれど。到底それだけじゃ伝えきれないから。だからキルヒアイスは、今一番伝えておきたい言葉だけど選んで。 「最後はここへ堕ちておいで。」 僕はもう堕ちてしまったから、ずっとここで君を待っていたんだよ、。が綺麗過ぎるから、どうしても届かなかったんだ。と、付け加えて。 |
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