「ラインハルト、久しぶり!」 「、良く来たな。」 が、ラインハルトの居城―というには、些かささやか過ぎる気がしなくも無いが―、柊館にやってきたのは、本当に久しぶりのことだった。というのは、実はラインハルトの感覚である。は生まれたばかりのアレクサンデル・ジークフリードにめろめろであったから、暇を見つけてはヒルダを訪ねていたのだから。この日も、は真っ先にアレクに駆け寄ると、まずはその小さな命を両腕一杯に抱えて、すべらかなその頬にキスを落としたくらいだ。 基本的に多忙な皇帝はそこに居るという日は皆無に近く、ラインハルトと顔を合わせるのは久々であったが、の行動に彼は思わず苦笑を浮かべた。それを見て、も小さく笑い、ラインハルトと挨拶のキスを交わしたのである。 ラインハルトが部下に休みを取らせるために自らを休日にしたため、必然的に休日となったキルヒアイスもに同行して柊館を訪ねたのだが、キルヒアイスは早速眉をしかめる羽目になった。 乳児を抱えたまま、互いの頬に挨拶のキスを交わすとラインハルトに、キルヒアイスはどうしたものかと真剣に考えてしまったのである。 それは、アレクの存在を除けば、今までとなんら変わらない光景であるし、一種の習慣のようなものでもあったから今更それを咎めるのも何か違う気がする。かといって、黙認してしまうのは、なんとなく不愉快だった。まるで家族のような風景が、キルヒアイスの胸のうちを沸々と焼く。 「皇妃陛下、大したものではありませんが…」 「まあ、ありがとうございます。」 その感情を上手くオブラートに隠して、キルヒアイスは差し入れの品をヒルダに渡した。それは、がアンネローゼと二人で作ったアレクの産着である。 同じように曖昧な微笑を浮かべているヒルダも、恐らくはラインハルトとのやり取りを、同じように複雑な心境で見ていたに違いない。だけど彼女も、少なくても表面上は綺麗に取り繕ってキルヒアイスからその贈り物を受け取った。 ヒルダは自身の夫であるラインハルトを、自分一人のものではないとごく当然のように認識していたし、ラインハルトとの無意識下に漂っていた如何ともし難い関係も承知の上である。だけど、理解と感情は別のものであり、こうしたときには自分はどのような表情を見せるべきなのか、未だに決めかねている部分があった。 無論、それについて、ヒルダとキルヒアイスは理解しているが、ラインハルトとはまるで気付いていない。に至っては、そもそもそんな感情が存在すること自体分かっていないのかも知れない。 とラインハルトが幼馴染であることは、本人たちが一番良く知っているし、ラインハルトが結婚して子供を授かって、そしてがキルヒアイスと結ばれてから、それは徹底的なものとして落ち着いたのだから。 「お互い、苦労しますね。」 くすりと、ヒルダとキルヒアイスはどちらからともなく微笑む。本来であれば、その共犯者めいたやりとりは、二人の身分差を考えれば許されなかったのかもしれない。だけど、今日はプライベートであるし、すでに皇帝と臣下の恋人であるラインハルトとは、すっかり幼馴染に戻ってしまっている。ヒルダは自分の比率が、ラインハルトの二人の幼馴染に到底及ばないこともまた、事実として受け止めていたから、逆に畏まられるのには気分がおののいてしまう。ちょうどいいといえば、ちょうど良かったのだ。 「皇妃陛下、貴方はもう少し陛下の手綱を握っていてる権利があるかと思いますよ。」 「――貴方に出来ないことを、私にしろと仰るのですか?」 暗に、もう少しラインハルトを繋ぎとめておいてくれと言ってくるキルヒアイスに、ヒルダは苦笑を浮かべて返した。半分ほどは冗談だったキルヒアイスも、咽喉の奥で笑う。 視界の先では、幸せそうに乳児を抱えると、それを微笑ましく見守っている乳児の父親の姿。彼らの関係を知らないものは、この国には居ないかもしれないが、それでも充分に家族像に見える一枠に、キルヒアイスとヒルダはそっと眼を背けた。 「皇妃陛下。貴方は陛下に寛容かも知れませんが、僕はだけは絶対に譲りませんからね。」 |
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