Replica * Fantasy







No.06 【 僕を見ない瞳など潰れてしまえばいい 】




 無邪気な少女は気付かない。キルヒアイスが気配を消しているからといえば、それはその通りなのかも知れないけれど。だけど、自分が気配を消していたにも関わらず、振り返ってが微笑むことを望んでいたキルヒアイスは小さく溜め息をついてその最後の距離をつめた。


「ジーク?」


 最後の最後で、はキルヒアイスの自尊心の片隅を、ささやかに満たす。もしその声が、別の誰かを呼んだとしたら、キルヒアイスはそのままを抱き潰してしまったかも知れないから。
 背後から忍び寄って、その紅い両目を塞いだキルヒアイスは、の声に答えない。片手で充分その視界を奪える小さな少女に、キルヒアイスはそっと唇を寄せた。耳朶に触れれば、びくりとその体を硬くする。


「――だれ?」


 怯えたような声が、キルヒアイスの嗜虐心を煽った。顎を持ち上げて、首筋をなぞる。その細い首だって、少し力を込めれば簡単に片手で締め上げることが出来る。
 生かすも殺すもこの手次第という、奇妙に倒錯めいた満足感が、キルヒアイスの口元を弓なりにしならせて、同時に同じ理由での体をどんどん硬くさせていった。
 首筋をなぞった手は、更に下へ進もうとする。小さな鎖骨の窪みを通り抜け、そしてその柔らかな膨らみへ。だが、抵抗を奪われたように身を硬くしていたは、それを許さなかった。


「 さ わ ら な い で 」


 僅かに震えた声。だけど、明確な拒否。仮にが、自分の視界を奪っている手をのけようとしたところで、自分の体に触れている手を払おうとしたところで、彼女は抵抗仕切れなかっただろう。だけど、その声は。それだけは何人たりとも自分への侵略を許さない、反駁すらもを許さない声だった。
 相手は自分の動きを奪っているのが誰だかわからないのだから、それは正しい言葉であり、正しい行動なのだろう。彼女は、得体の知れない相手に対して最低限の自衛を行使しただけなのだから。
 だけど、キルヒアイスはその一言で自分の胸のうちが抉られたことを自覚した。なんて、身勝手な。勝手に彼女を脅かし、拒否され、そして勝手に傷ついている。
 瞬間、緩んだ腕を、は思い切り振り払った。そして、振り返り、悪い冗談を確かめるようにキルヒアイスの姿を視界に捉えた。


「なんだ、ジーク。よかった。」
「――驚いた?」


 かろうじて、キルヒアイスはそれだけ答えた。きっと、自分は酷い顔をしているのだろうなと思ったが、それはも同じだった。今にも泣きそうな表情で振り返ったは、くたりと緊張の糸が切れてしまったかのように、その大きな眼から涙を溢れさせる。
 が「驚いた」どころではなかったことを、漸く理解したキルヒアイスは、今度は真正面からその視界を奪った。もちろん、涙を拭うためだ。


「ちょっと驚かそうと思っただけなんだ。そんなに怖かったかい?」


 上手く出来たかは分からなかったが、キルヒアイスは自分の邪な感情を出来るだけ綺麗にオブラートに包もうとした。最初から最後まで、全部欲しいなんて、強欲すぎるから。自分が最初で最後で在りたいと願うには、身の程が合わないということを自覚していたから。


「心臓に悪いよ。ジークのばか。」


 ぽろぽろと零れた涙を拭ってもらいながら、は頬を膨らせた。その体はもう先ほどのように硬直しておらず、キルヒアイスが触れる手に対しても拒否感は見られない。
 少し冗談が過ぎたかと。キルヒアイスがふつふつと湧き上がる感情を飲み込んで笑えば、は甘えるようにキルヒアイスの手を自分の頬に当てて、眼を伏せた。


「ジーク以外の人だったら、どうしようかと思った。」


 その先に続く言葉を、キルヒアイスはぼんやりと聴いていた。多分、自分に都合のいい夢を見ているのだろうと思いながら。地に足が着いているのかと本気で疑いたくなるくらいに、頭の中で二人の自分の声が聞こえる。
 悪戯の仕返しでそんなことを言うのなら、もう二度としないと懇願するから、そんな冗談は言って欲しくない。でなければ、その銀色の髪も、鳩の血と呼ばれる極上のルビーの眼も、処女雪のように白い肌も。自分のものなのだと勝手に勘違いしてしまうから。


「ジーク以外の人にはもう、どこにも触られたくないもの。」






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2008/05/05 



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