Replica * Fantasy







No.05 【 笑っていて、でも笑わないで 】




「たとえば、私が男の人で、ジークが女の人だったら。」


 がそのような例え方をしたら、その日の客人であるロイエンタール夫妻は酷く形容しがたい表情を浮かべた。と言っても、単に二人がそれぞれに違った反応を返したため、一言では言い表せなかっただけだが。
 片方は隠そうともせずに眉を顰め、もう片方は反応を選び損ねたのか酷く曖昧な笑みを浮かべている。それでも二人が口を挟まなかったのは、目の前に少女が珍しく悩み事を抱えていたからである。
 オスカー・フォン・ロイエンタールと、その妻の反応に全く持って気付いていないは、冷め切ったティーカップの中身に映った自分の顔を眺めながら呟く。


「きっと、ジークを自分のものに出来た気分になれると思うんですよ。」


 男に人は、抱けるから。と。でも自分は女だから、抱けないから。想いだけじゃ実感できないのだと。はぼんやりと告げる。
 ラインハルトやミッターマイヤーあたりであれば、そのようなの言葉を、本人の性格や容姿のギャップに耐え切れずに別の意味で眉をしかめたかもしれない。だが、ロイエンタール夫妻は互いに顔を見合わせてから、やはり酷く形容しがたい表情を浮かべた。


「何だ、キルヒアイスの奴は未だ手をつけてなかったのか。そんなに堪え性があったとは思わなかった。」
「オスカー。控えてください。誠実な人を自分と同じ基準で考えるなんて失礼です。」
「あいつが誠実だと思っているのか?」
「思っていますよ。に対しては、誠実そのものですし、貴方に比べたどんな女性にも慢性的に誠実だと思います。」
「俺は、限定で誠実とは言えないと思うがな。」


の言葉に、ロイエンタールは白々しく答えながら紅茶を啜る。彼の好みを言えば、紅茶よりも珈琲の方が好みだったし、もそれを知っているから、ロイエンタールがたずねてきたときには常に彼の好みの豆で珈琲を淹れていたのだが、それすらも忘れているとなると、やはりなりに真剣に思うところがあるらしい。この様子だと、紅琲にならなかっただけマシだというべきなのかもしれないなと、ロイエンタールは紅茶で妥協することにした。
 にしても、ロイエンタールは馬鹿馬鹿しさを隠すことは出来なかった。かろうじて出来たのは、笑いを押しとどめることくらいである。隣に座るは、性別の違いか年齢の違いか、言葉を選んでいるように見えたが、ロイエンタールはそんなものを選んだりはしなかった。


。お前はキルヒアイスに抱かれたいのか?」


 それこそ、彼の唯一の上司や長年の僚友が聞いたら、紅茶を吹きながら殴られたかもしれない言葉を、ロイエンタールは臆する事無く口にした。
 直球過ぎる言葉だ。それは魔球のように消えることはなかったが、些か速度が早かったようにも思える。対するは、少し顔を赤らめて、俯いて。だけど逃げなかった。


「分かりません。でも、今は、そうなることが一番実感できるんじゃないかって思うんです。私がジークを自分のものにすることは出来ないけど、そうなったら自分がジークのものになったって思えるから。きっと。」
「――。愛し方も、愛され方も、それだけじゃないと思いますよ?」


 何処か遠くを見るように、は紅茶に映った自分をにらみつける。は、その姿を見ながら、漸く一つ理解した。
 彼女の中に在る男女の像は、もっとも参考にならない人物を相手に学ばれているのだろう。女性は男性に所有されるものであり、逆はありえない。が育った環境は、それが許される世界であり、もっとも分かりやすい恋愛像は新無憂宮の後宮にあったのだから。


「私、独占欲が強いんだなって思ったんです。でも、人生長いのに、私一人だけで我慢して下さいなんて、言えないじゃないですか。」


 は頼りない声で呟く。やロイエンタールに言わせるなら、まさにその言葉をキルヒアイスに聞かせれば、もう問題なんて無いだろうと思う。
 最早突っ込む気にもなれないとでも言うように、ロイエンタールはに言った。


「聞いたか。お前も少しはを見習ったらどうだ?」
「今は私ではなくての話でしょう。というか、私だってちゃんと反省して全部仕掛けた罠は片付けたじゃないですか。それに、いつか来るその日のために、頑張って働いて慰謝料を稼いでおいて下さるなら、貴方の行動にけちをつけるつもりはありませんよ、オスカー。」


 結局、ロイエンタールは何処を向いても貧乏くじを引かされる運命にあったらしい。彼にとっては、恋愛経験の無い少女が、自分以外の男について悩んでいる姿を見ても呆れるばかりだし、褒められるようなものでもない恋愛遍歴を妻の前で披露するわけにも行かない。
 全く、とんだ災難だ。という思いを、含みつつを見れば、彼女はカップを抱えたまま、力なく笑っていた。
 ロイエンタールにとっては呆れるばかりの悩みであっても、にとっては深刻なのだ。無論、ロイエンタールはそれすらも分からないような人間ではなかったから。のために、そして自身が早くこの場から解放されることを願って、年長者らしいことを口にしておいた。


「それを、本人の前で言ってみたらどうだ?キルヒアイスにも思うところがあるかもしれんぞ。」


 こういうことは、片方が思いつめていても仕方が無い。それが一方的な恋愛感情を押し付けてるなら無意味だろうが、少なくともとキルヒアイスは俗に言う恋人同士なのだから。
 とどのつまりは、自分たちで解決しろと。の耳にはロイエンタールが意図した言葉がしっかりと聞こえてきたが、その言葉を額面どおりに受け取ったは、漸く少女らしい無邪気な微笑を見せて答えた。


「そうですね。ジークにも相談してみます。」
「キルヒアイス提督なら、きっと真剣に取り合って下さいますよ。この人とは全く持って人間性が違いますから。」


 それに相槌を打つようにがフォローをいれる。それは、見方によっては確かにその通りなのだろうが、頑としてそうではないと主張するロイエンタールは紅茶を啜りながら余計な一言を付け加えることも忘れなかった。


「まあ賭けてもいいが、そんなことを相談したら、その日のうちにベッドに縛り付けられて気絶するまで散々鳴かされた挙句に孕まされると思うがな。」


 かくして、が反応するより早く、殆ど反射の速度で強烈な肘鉄を繰り出し、ロイエンタールの鳩尾を抉った。無論、それはが反応する前だったので、彼女は最初から最後までロイエンタールが短いうめき声を上げた理由には気付かなかった。






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2008/05/06
友情出演、由紀さん宅:マルガレーテ様(笑)w 



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