「ずっと、こうしていられたらいいのに。」 「ずっと、こうしていていいんだよ。」 キルヒアイスとの身長には、結構な差がある。だから、それを埋めて彼女が彼に抱きつくためには、キルヒアイスは腰を屈める必要があった。だから、ずっとその状態では辛いだろうと思っては言ったのに、キルヒアイスは逆にの腰に腕を廻してくる。それほど離したくないということなのだろうか。 の、細い体はコルセットとドレスワンピースに包まれていて、キルヒアイスの手には華奢なレースの手触りがすべる。それほど太いわけでもないその体を、更に細くする必要があるのかと訝しみながら、キルヒアイスはそのまま小さな恋人を抱き上げた。 「きゃっ!ジーク!!」 唐突に抱き上げられて、は更にキルヒアイスにしがみつく。キルヒアイスの首に、ゆるく廻されていた腕が急に視点の高さを変えたことで、きゅっと距離をつめた。 といっても、それほど離れていたわけではないから、変わらないといえば変わらないのだが。僅かに空いていた隙間すらも埋めるように、キルヒアイスはを抱き上げ、抱き寄せ、抱き締める。コルセットとドレスワンピースを通しても、呼吸と体温と感触を感じられる距離で、彼は笑った。 「子供みたいだ。」 「待ってて。早く大人になるから。」 最初はその行動に驚いたも、すぐに軽口を叩いて返してきた。 大人になれば、こんな焦燥は感じずに済むのかもしれない。は内心で苦笑を浮かべる。五歳という年齢差は、近いようで遠い。の二人の幼馴染はどんどん先へ行ってしまうのに、取り残されたような気がしてしまうのは、永遠に隔たるこの年齢差に原因があるような気がした。 キルヒアイスの冗談に合わせて笑っていたは、不意に近くなった距離を更に埋めようと、きつくキルヒアイスに抱きついた。 「本当に、私が大人になるまで、待っていてね。」 「?」 腕に乗せるように抱き上げて、そして抱き締めた状態では、の方がキルヒアイスよりも高い位置に顔がある。それを、はキルヒアイスから背けるようにして、だけど自分がそうされているように、彼の頭を抱え込む。ぱらぱらと零れた長い銀糸が、キルヒアイスの顔に降ってきた。 何故、其処までが急いているのか、キルヒアイスには想像がつかなかった。だが、彼女のその声が真剣だということはとてもよく分かったから。 「、そんなに急いで大人にならなくてもいいんだよ。」 「そうかしら。急いで大人にならないと、ジークはきっと他のお姉さんに取られてしまうわ。」 くすくすと笑いながら答えるを、キルヒアイスは思わず苦笑いで返したしまった。同じことを、自分どれ程深く危惧しているか、多分は判っていないのだろう。 十人が十人、揃って振り返る程に美しいこの幼馴染を、キルヒアイスはどれ程の独占欲と戦いながら一番傍で見守ってきたか、出来れば切々と語りながら教えてやりたいくらいだ。 もちろん、キルヒアイスはその容姿だけに惹かれたわけではないが、その充分すぎるほどに整った美しさが、誠実なだけではない人間までもを振り返らせていることに、はどの程度の自覚があることか。 「ジーク、私はね、ジークが思ってるほど綺麗な女の子じゃないの。」 「?」 不意に口を開いたは、キルヒアイスの額にそっとキスを落としてから続ける。心地良い柔らかさに、酔いそうになった。 こうならなければ、私はジークをもうちょっと自由に出来たのかもしれないけれど、と。は小さく呟いてから、また少し微笑んだ。 「ジークは私の特別になっちゃったから。もう、私以外の誰にもあげないわ。」 独占欲でどろどろなのよ、と。その表情を見せようとしないのは、幻滅させてしまうかも知れない恐怖からか。はそのまま目を伏せて、そしてもう一度、キルヒアイスの額に唇を落とした。 触れていたいし、触れられていたい。だけどそれはもう、たった一人じゃないと嫌だから。たった一人じゃないと、意味も無いから。 言外に込められた意味を、キルヒアイスは過不足なく受け止めなければいけないと、と同じように眼を伏せて小さく応えた。 「。それは、僕の本性を見た後でも言えるかな?」 君の独占欲なんて、僕にのそれに比べれば、大したこと無いのかも知れないよ、と。 額にキスを落としてくるに対抗して、キルヒアイスはくすぐったがるその頬に唇を押し当てた。 |
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