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No.03 【 ずっと届かない存在でいること 】




 鎖骨の少し下。胸の少し上。身体の中心線上に一つ。独占欲の花弁は、ぎりぎりにも視認出来る位置に咲いていた。だから余計に、はそれをどうしたらいいのか分からない。
 ただの鬱血点なのに、何だかとても悪いことした後のように気まずくて、酷く恥ずかしい。ぱたりと被せた手を、開いたり伏せたりしながら、紅い花弁を見て、恥ずかしさに眼を伏せて、そして顔を背けてまた隠す。そんなことを繰り返すの手を、キルヒアイスは軽く握った。


「ジーク。あの、これ…」
「ああ、所有権の主張、というところかな?」
「主張って、そんなこと…。それに、所有権て…。」


 にっこりと。さっきから戸惑ってばかりのに、いかにも無害そうな好青年の微笑を返せば、彼女は怪訝そうにキルヒアイスを見つめ返した。
 多分、「所有」という言葉が気に入らなかったのだろうな、と思いながら。キルヒアイスはそれを隠しているほうの手も、同じように捕らえる。


「ジーク、あんまり、見ないで…」
「綺麗だよ?」


 自分の所有権の証を付けたその姿は、特別に。
 そして屈めば、は少しびくつくように身を固くした。窒息の危険を伴うキスの快楽を思い出して怯えたのか、それとも二枚目の独占欲と所有権の在りかを刻まれることに怯えたのか。だが、その二つの可能性を完全に無視して、キルヒアイスはの額に自分の額を当てた。


「やっと、僕のものに出来た。」


とキルヒアイスが出会ってから。キルヒアイスがその感情を持て余しはじめてから。が自覚して気付くまで。キルヒアイスは特別な関係を望み、は変わらないことそれ自体を望んでいたから。
 すでに義兄妹であり、幼なじみでもある、一筋縄ではいかない縛りが入ったこの関係を、違いに噛み合わない状態のままでこうなるまで、非常に長い時間を要した気がする。


「私、こんな日が来るなんて、想像出来なかった。」
「そうかい?僕はを見る度に夢見ていたけど。」


 ひょっとしたら、それこそが二人を隔てていた最大の擦れ違いだったのかもしれないけれど。キルヒアイスが想えば想う程、は擦り抜けていく。この手が届かないところへ。自分ではない誰かのところへ。いつしかそんな錯覚がキルヒアイスを蝕んでいき、そして。


「ねぇ、ジーク。キスしてもいい?」
「――から?」


 不意を突かれた言葉に、一瞬思考回路が停止した。自分の抱えた感情が、どれ程重いかをしっているから、だからキルヒアイスは自分が求めている程が自分を求めているということは、考えていなかったのだ。
 それは、ある意味ではキルヒアイスが自分自身を抑える枷になっている。だけどは、キルヒアイスの予想を遥かに越えた感情を、彼に抱いていたから。


「ずっと、届かないと思っていたの。言葉も、想いも、存在も。でも、今はちゃんと届くから。」


 額と額を付けたままだから、後は顔を少し傾けるだけだ。くちびるとくちびるが触れるには、その動作だけで充分だろう。まるで子供が互いに祈りを捧げるようなその距離で、僅かに眼を開けば、意表を突かれた蒼い眼と視線が合って、は慌てて視線をそらす。
 何だか自分がとんでもない言葉を口走ったのかもしれないな、と。そう思わなくもなかったが、今はこの距離を離れたくなかったから。だからはキルヒアイスの答えを待たずに、おずおずと両腕を伸ばした。
 抱きしめたことも、抱きしめられたことも。行為自体は珍しいことではなかったが、いつか手放す日のことを考えずに抱きしめられる日が来るなんて。


「窒息しない、安全なキスだからね。」


は少し笑って、キルヒアイスに触れる。そっと触れて、あっさりと離れていく、感触。それだけは変わることの無い、幼い日と同じキスだ。
 名残惜しくて。優しい感触が欲しくて。キルヒアイスはのくちびるを追いかける。何度も何度も。何度でも何度でも。それにつられるように、もキルヒアイスのくちびるを追い求めて。
 呼吸も出来ない程の快楽は無かったけれど、甘美な柔らかさを伴った感触に夢中になっていて、は漸く思い出したように一つ、溜息をつく。熱を帯びた吐息は、頭の上からも降ってきた。視線を上げれば、キルヒアイスが困ったように笑っていて。


「こんな日が来るなんて、想像もしなかった。」
「私…、私は、ずっと夢見ていたわ。」


 多分、酔っているのだろうなと思いながら。はキルヒアイスの背中に伸ばしていた両腕を、今度はその首に回しながら答えた。






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2008/05/04 



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