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No.02 【 鬱血にほくそ笑む 】




 むろん、キルヒアイスはキスだけでは留まらなかった。次から、キルヒアイスとのキスには酸素ボンベが必要だと主張するの耳元で、吐息のような声が囁く。


「大丈夫、呼吸が留まってしまったら、僕が責任を持って心肺蘇生をするから。」


 困ったようにキルヒアイスを見つめ返すは、それが人口呼吸のことを指し、どちらにしても彼がの唇を塞ぐことを示唆していることに気付いていない。
 これでは自分は、を蘇生させるどころか、本当に最後の呼吸まで奪ってしまうかもしれないな、と。キルヒアイスはの見えないところでひっそりと苦笑を滲ませた。
の一挙手一投足、その存在全てが、刹那の隙も無くキルヒアイスを掻き立てて止まないと言うのに、彼女は更に油を注ごうとする。


「溺れてしまいそうだわ。ジークは水の中みたいに、私から空気を奪うから、くらくらするくらい苦しくて怖いのに、気持ちが良くて頭がふらふらするの。」


の、まるで熱に浮かされているような口調で、本当に死んでしまったかのように脱力する身体を、キルヒアイスは抱き寄せて応えた。


「溺れてしまえばいいのに。」


 そうなれば、きっと自分も一緒に沈んでしまうのだろうけど。だから、実際には、キルヒアイスはそれを言葉にしたりはしなかった。もちろん、代わりに答えた言葉だって、意味は同じようなものだったけど。


、そういうことは、言わない方がいい。食べてしまうよ?」


 まだ、そういう風にはなりたくないだろう?と。キルヒアイスは含むような声を出して笑う。からかうような口調に、は酷く答えにくそうに握ったままのキルヒアイスの服を更に強く握った。そして怖ず怖ずと彼を見上げて、何か言いかけてはまた酷く困ったように長い睫毛を伏せる。紅潮した頬は、もはや何のせいで紅くなっているのか分からなかった。


「―――でも、ジーク…」
「なんだい?」
「……、あの…その…」
「うん?」


 全く、何て答え辛いことを聞くのだろうと。泣きそうな程に訴えながら。どうして。が何を恥じらっているのか、キルヒアイスには良く分かっている筈なのに、彼はうながすばかりで察しようとはしてくれない。
 だからは、散々戸惑ったというのに、こんな時ばかり、キルヒアイスは逃げ道までも塞いで、気長に先を待つ。
 戸惑った揚句に「なんでもない」と逃げることも出来なくなったは、にっこり微笑みながら待つキルヒアイスを直視出来るはずも無く消え入りそうな声で先を紡いだ。


「――いつかはわたし、食べられてしまうのでしょう?」
「そうだね。でも、まだ早いだろう?」


 熟れきるまで待つ自信は無いけれど、実った果実が色付く前に刈り取ってしまう程、自分は早急ではないはずだ、と。半分は自分自身に言い聞かせるように、キルヒアイスは理性で衝動を抑えようとした。の、に。


「早いか、遅いかは、そんなに重要?」


 解釈によっては、収穫のサインとも取れるような言葉を、は無邪気に問い掛けて来るから。キルヒアイスは内心揺らいだ理性を押し止めるようにして応えた。


「なら、今は味見だけ。」


 短く、そう一言だけ言って、キルヒアイスはの首筋に顔を寄せる。
 まるで獣が獲物に喰らいかかる様そのままだな、と、思いながら白くて細いその喉笛を舐め上げれば、は可愛いらしい悲鳴を飲み込んでそのノドを上下させた。
 びくりと震えるノドと、ざらついた生暖かい舌が触れ合う面積がほんの一瞬増えて、ぞくぞくするような感覚にが逃げようとする。反射的にそれを捕えたキルヒアイスは、一度唇をノドから離すと、今度はそのもう少し下の辺りに唇を当てた。


「――やっ……ジーク…っ!」


 今更のように、怖じけづいたの小さな悲鳴は聞こえなかったことにして、キルヒアイスは強くそこを吸う。緊張と羞恥で乱れた呼吸に比例した胸が、酸素の供給運動の度に上下して顎の辺りに触れるのも、それはそれは魅力的なことではあったけど。
 思う存分、未だ熟れきらない果実の味見をしたキルヒアイスは、漸く気が済んだのか、の紅い眼を再び涙が濡らした頃に離れていった。


「ごちそうさま」
「――ジークの、ばか。」


 せっかく綺麗に咲いたのに、白い肌に映えた紅い独占欲を、は両手で隠してしまった。






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2008/05/04 



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