Replica * Fantasy







No.01 【 その一呼吸すらも飲み干して 】




 不用意に、彼に近づきすぎたのかもしれない。は少し辛い体勢で背伸びをしたまま思う。もう、つま先は限界ぎりぎりまで伸びきっていて、足が震えていた。でももしバランスを崩して転んでしまっても、この厳しい状況を強いている本人が、きっと助けてくれるのだろうな、という確信があった。
 だからは、酸欠のせいで溢れた涙を拭う余裕も無いまま、歪んだ視界を支配する朱を見る。と、其処に映ったのは、燃える様な朱い髪ではなく、海の其処から見上げた空の色と同じ青だった。
 ごく、至近距離で。くちびるとくちびるが触れ合った状態のままで。ぶつかった視線は確かにの紅潮した表情を捉えただろうに、それでもキルヒアイスはを解放してくれたりはしなかった。
 それどころか、キルヒアイスの眼は、余裕の無いの顔を見て笑ったのだ。唇も、思考も、呼吸さえも奪われた状態で、はただ呆然としながら、よりいっそう深くなる彼の感触を受け入れることしか出来ない。


「――ん、……ジー…ク……」


 深くなったり浅くなったり。絡め獲られたり注ぎ込まれたり。好き勝手される僅かな間に、懸命に声を上げる。けれど、麻痺したようなそれを、キルヒアイスはまともに取り合わなかった。
 何もかもめちゃくちゃになってしまったような、そんな何処か甘美な眩暈の中で、それでもの生存本能は声よりも切実に今必要としているモノが、キルヒアイスの唇ではないことを訴える。
キルヒアイスの胸に当てられていたの手が、必死に彼を突っぱねるから、充分にそれを味わったキルヒアイスは漸く柔らかいその唇から離れた。
 とたんに、ひゅっと音を立てての呼吸器官が酸素を求める。立っていることさえままならないほどに奪いつくされたは、ずるずると座り込みそうになるが、最初に彼女が予想したとおり、床と仲良くなる前に、キルヒアイスがしっかりとそれを抱きとめてくれた。
 どうやらとは違って、キスの合間にもきちんと最低限の酸素を摂取していたらしいキルヒアイスは、面白そうに笑う。


「要練習、というところかな?」
「こんな練習、何度もしていたら慣れる前に死んでしまうわ。」


 なんて、もちろん言い返せる訳でもない。ただ、羞恥と生理的に溢れた涙で潤んだ瞳が、恨めしそうに自分を睨んできたので、キルヒアイスはまた少し笑う。
 潤んだ瞳。上目遣い。紅潮した肌。上下する胸の弾力。手を離してしまえばが崩れ落ちてしまうとはいえ、密着したこの状態でそれだけの条件が揃ってしまえば、もう試されているのはキルヒアイスの理性の強度のみだろう。
 恐らくにはそんな事情は分かっていないのだろうが、キルヒアイスは彼女のせいにせざるを得なかった。思わず口元に苦笑が滲む。


。君は僕を殺す気かな?」


 本心を言ってしまえば、今すぐにでも自分のものにしたい。もう随分待ったから。漸く自分のものになったに、自身の存在感を刻み込みたかった。そして同じ次元で、キルヒアイス自身はそうするべきでないと訴えている。それは、徹底的な変化を迎えることへの、若干の恐怖も含んでいたし、に傷をつけることへの罪悪感でもあった。だからまだ、キルヒアイスは理性の方を優先したというのに。
 未だ呼吸が戻ってこないも、黙ってはいなかった。「それはこっちのセリフよ」と、ぼやきながら、今更のように押し寄せる羞恥心を隠そうとしているのか、キルヒアイスの胸に顔を押し付けて表情を隠す。


「ジークとキスするときには、酸素ボンベが必要ね。」


 消え入りそうな声だったが、それの鈴の音は確かにキルヒアイスの鼓膜を叩いた。
 甘えた言葉。愛らしい行動。俯いたせいで露わになった細い項が奇妙な程に艶めかしく見えたので、キルヒアイスは其処に顔を寄せながら、今度は窒息の心配が無いキスを落として呟いた。


。君は僕を試してる?」






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2008/05/03 



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