自分の腕の中でまどろむ存在が、あんまりにも無防備すぎて、不安になった。 だからキルヒアイスは自分とその存在を包む毛布を少し退けて、腕に抱いた感触とともに、視界にの存在を焼き付けようとしたのだけど。 それを、迂闊だったと言うには、少し無理があったのかもしれない。 こうしてベッドに横たわっているときでさえ、すっぽりとキルヒアイスの腕の中に納まってしまうサイズのだから。 別に他意があったわけではないのだが、毛布をめくった下に現れたのは、無造作にシーツに包まったの姿だった。 当然シーツなのだから、『着る』なんて要素はどこにも無い。 細い腕も項もむき出して、白い布に過ぎないシーツをかき合わせただけの心元無い胸元を、は多分本能的に握っているのだろう。 その手の合間から見える鎖骨には、キルヒアイスが咲かせた花が散っていて。 自然、満足げな微笑がキルヒアイスの口元をかたどった。 それは、どうしようもないくらいの独占欲の証であり、所有の花だ。 もちろんは物ではないし、わざわざ人に見せるものでもないし、見られるようなことがあっても困るのだけれど。 どうやらもてる体力の総てを消費してしまったらしいは、身じろき一つせずにキルヒアイスの腕の中に納まって、穏やかな寝息を立てている。 それがたまらなく愛おしくなって、キルヒアイスはその滑らかな肌に手を伸ばした。 つっ、と。 なぞるように指を這わせれば、弾力のある白が押し返してくる。 は気にしているようだけれど、身長に対してごく平均的なサイズの胸が、甘美な感触でキルヒアイスの指を誘っていた。 「――ん…」 誘惑に抗えずに手を伸ばせば、はふっと咽喉の奥で声を漏らす。 意味をなす前に消えていく言葉に、キルヒアイスはその顔にかかっていた銀色の髪をかきあげてやりながら覗き込むが、は全く起きる気配が無い。 「、起きないなら、もっともっと苛めるよ?」 含みを持たせた口調で囁いて、それとは正反対の穏やかな笑みを滲ませて、キルヒアイスはその額にキスを落とす。 続けて頬に唇を落とせば、はぴくりと身体を弾ませた。 しかし相変わらず起きる気配は無い。 「?」 もう一度名前を呼んで、人差し指で頬に触れる。 はまたぴくりと動いたが、それだけで全く起きる気配が無い。 「そんなに、激しくしたかな?」 が起きていれば赤面して怒り出すようなせりふをさらりと口にして、キルヒアイスは苦笑を浮かべた。 そして体勢を変えるように少しだけを抱える腕を動かし、もっともっと密着する。 薄いシルクのシーツ越しに感じられる体温は、温かい。 温かくて、愛おしい。 「、起きて。」 本当は起きなくても構わないのだけれど。 期待半分で、キルヒアイスはの唇を掠めるように囁く。 だが、それでも、どうしてもは起きない。 だからキルヒアイスは、の顔を包むように触れていた右手の位置を変えて、指先でその唇に触れた。 頬に、額に、そして瞼に。 時折くすぐったそうに、それでも夢現で表情を緩めるに、自然とキルヒアイスの表情もくすぐったそうなそれに代わる。 顎を捕えて少しだけ上を向かせて、伏せられた瞼と薄く開いた唇から呼吸を奪うようにキスをして。 「――ん…ぅ…」 流石にうっすらと。 涙と共に開いた瞼が、はっきりしない視界にキルヒアイスの朱を捉えた。 「起きた?」 本当は、『起こした』の間違いなのだけど。 キルヒアイスは薄く微笑むと、頤に触れていた手をゆるゆると咽喉を辿るようになぞった。 まだ半分以上、覚醒する前の世界にいるは、くすぐったそうに身震いをしたが、それが誰による刺激なのかは分かっていないらしい。 「――あさ…?」 「いつもの時間までには、もう少しあるかな?」 「――ジーク…とても眠いの…」 お願い、眠らせて、と。 の言葉は、呼吸に呑まれて最後には殆ど聞こえなかった。 一瞬だけ浮上したかに思えた意識は、たいした時間を留まる事なくまた沈んでしまったらしい。 「まったく、君は僕を試しているのかい、。」 おっとりと、キルヒアイスはの額にまた一つ、唇を落とす。 そして咽喉を滑っていた右手は、つっと小さなくぼみの辺りで停止した。 その下には柔らかな膨らみがあるが、今触れている場所は肉付きが薄く、皮膚の下にある骨は胸とはまた違った感触を与えてくる。 くっと。 キルヒアイスはその左右の鎖骨の中心、咽喉を辿って滑り降りた場所で指を止め、その窪みに少しだけ力を込めた。 恐らく、今押したこの皮膚の下には、呼吸気管があるはずで。 それを狭まれたは、穏やかな寝息からひゅっと小さな音を立てる。 「起きて、。死んでしまうよ?」 キルヒアイスは眠っているの耳元で囁くが、は急に浅くされた呼吸になっても、まだ目覚めない。 流石に、苛立ちよりも焦燥が勝って、キルヒアイスがの鎖骨の辺りから手を離せば、はようやくその眼を少しだけ開いて。 半分だけ開かれた眼からは、同時に涙が零れ落ちたが、はそれには気付いていなかった。 「――ジーク…なんだか、苦しい…の……」 どうしちゃったのかしら、と。 片言のように呟きながら、は眼を伏せる。 眼球を覆った涙の膜が追いやられて、また一筋涙が零れた。 起きなくても苦しいし、苦しければ怖い。 まるで無言の内に責められているようで、キルヒアイスは酷い罪悪感を覚えた。 自分の独占欲は、質が悪い、と。 知らない訳ではなかったけれど、どうやらそれは自覚以上のものなのかもしれない。 「――ジーク…」 が夢現にキルヒアイスを呼ぶ。 彼女が自分を呼んでくれる限りは、その独占欲もまだ許容範囲の内であるはずだから。 「ごめん、。僕はここにいるよ。まだ、眠っておいで。」 壊れ物のように、大事に大事に抱き寄せて、その頬を撫でる。 優しいキスをして涙の跡を拭って遣れば、の呼吸は直ぐに落ち着いてものになって。 また緩やかに上下する胸の弾力を感じながら、無防備に無条件に自分に縋ってくるを抱きしめて、キルヒアイスは静かに自嘲った。 |
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