Replica * Fantasy







閑 話 編 02




A sad story doesn't sound in the room that light and pleasure dance.
―ひかりとよろこびのおどるへやに かなしいものがたりはひびかない―









ラインハルトに呼ばれたから向かったのに、元帥府を預かる彼はキルヒアイスがを呼びにいくほんの僅かな間に、なにやら仕事の話を持ち込まれたらしい。
その内容に関わらず、をどうしても軍事と関わらせたくないらしいラインハルトは、視線だけでキルヒアイスに合図を送り、せっかく連れてきたがまたも時間を持て余す羽目になってしまった。
しかし、良くも悪くも出来た幼馴染は、二人の視線だけのやり取りに気付くと、キルヒアイスの顔を見上げて意地悪く笑う。


「次からは、レディを呼ぶときには先に身体を開けといて欲しいわね。」
「これは失礼しました、フロイライン。」
「時間が出来たら、教えて。そうしたら行くわ。」


としても、ラインハルトとキルヒアイスの立場は十分に理解しているつもりである。軍に身を置き、しかもそのトップに位置するともなれば、一介の幼馴染に漏らせる内容など、皆無に近いのだ。この際、を「一介の幼馴染」と呼ぶのには無理があったとしても、それはまた別問題だ。
がふわりとドレスを翻して人並みに飲まれていく姿を見送ってから、キルヒアイスはラインハルトの下へ向かった。もちろん、が知らない間に、彼女の見張り役をつけることも忘れずに。


「少しの間、見ていていただけますか?」


不意に声をかけられたロイエンタールは、組んでいた腕をそのままに、視線だけ上げてその声の主を確認した。
にっこりと、笑っていた相手は、肩越しに文脈が指す相手を見やってから、再びロイエンタールに視線を戻す。微笑を浮かべたまま。
唐突に、しかも笑みまで浮かべてキルヒアイスに言われてしまい、ロイエンタールは思わずはなじろんだ。キルヒアイスの言葉は「お願い」と言う名の「命令」に近い。拒否権など最初から無いのだ。だいたい、キルヒアイスはロイエンタールに命令など出来る立場ではなく、もちろんそれは逆も然りだ。彼らに命令できるのは、元帥府を統べるラインハルトだけなのだである。とはいえ、キルヒアイスの口調と微笑に逆らい難いものがあることを、ロイエンタールは苦々しく思いながらも自覚していた。もちろん、いつもいつもそういうわけではなく、このような口調をもってキルヒアイスが「お願い」してくるのは、例によって例の如く、幼馴染の侯爵令嬢が絡んできたときしかない。
何となく言うなりになるのは癪であったが、ロイエンタールとしてもを気に入っている。沈黙をもって応えると、キルヒアイスは薄い笑みを浮かべてラインハルトのもとへと去っていった。
「見ていろ」と言うことはつまり、によからぬものを近づけるな、ということなのだろう。そういう点では、ロイエンタールは持って来いの人材と言えた。漁色で鳴らす美貌の軍人と張り合うには、相手にもそれなりの覚悟が必要だろう。
とりあえずは様子を見ることにしたロイエンタールは、を常に視界に捕えつつ、のんびりとワインのグラスを手に取った。
左右違う色の視界の中に捕えたは、暫くは一人でパーティー会場を泳いでいたが、存在それ自体が極上のエサとも言えるため、直ぐにそれを求めた魚が寄り集まってくる。しかし、周囲は互いに牽制し合っているばかりで、の周囲をゆらゆらと回遊するばかりでそのテリトリーには中々入れずにいる。面白いくらいにそれに気付かないは、パーティー会場を物珍しげに見回しつつ、一枚の絵画の前にたどり着くと、不意に足を止めて見上げた。何が面白いのか、一心不乱にそれを眺めている。かと、思いきやは大きなキャンバスに描かれた、天使が踊る絵を真似をするように腕を上げ、そしてオーケストラが奏でる曲に合わせて、ゆらゆらと小さくステップを刻みだした。
ロイエンタールにはその絵画についての知識は無かったが、どうやら彼女は絵画の中の天使の仲間入りをしたいらしい。一人で踊るの後姿は、十分に愛らしくはあるものの、やはりエスコートがいない分華やかさにかけていた。本人はエスコートなど必要とはしていないのだろうが、このままではそれを理由に、周囲を漂っている魚たちが群がってくることだろう。
ただそれを観察しているのにも飽きたロイエンタールは、七一二年もののワインを飲み干すと、ゆったりとした足取りでの元へと歩み寄った。
途中で、凄まじいほどの視線の束がロイエンタールの足を止めようとしたが、周囲の牽制にロイエンタールが付き合う必要は無い。一方的な敵意を綺麗に無視して、ロイエンタールはに声をかけた。
周囲にはあくまで侯爵令嬢に対する礼儀をきちんと守って。しかし、実際に声が聞こえる範囲では、どこと無く呆れた口調で。


「何をしている?」
「あぁ、ロイエンタール提督。天使と踊っていたんです。」


背後からの唐突な声にも、は特に驚く様子も無く応えた。
殆ど想像通りの応えに、ロイエンタールも口元を緩める。手近なテーブルから二人分のカクテルを取り、片方をに渡すと、も笑ってそれを受け取り、礼儀として一口だけ飲んだ。


「一人でワルツか?」
「だって、ワルツなんて踊ったことがないんですもの。だから、音楽に合わせて踊ってるつもりになってたんです。」
「酔狂だな。」
「酷い。」


軽く笑ってやれば、は頬を膨らせてもう一口カクテルを飲み下す。普段は飲むことが無いアルコールに、少しだけ眉をしかめてから、は思い出したかのようにロイエンタールを見上げた。ロイエンタールの方では、普段は飲むことが無いカクテルの甘さに、少しだけ眉をしかめている。


「それよりも、ロイエンタール提督は今日はお一人なんですね。帝国一のプレイボーイが、壁の花ですか?」
「今日は気分ではない。」


面白がるような口調でが言い、ロイエンタールが適当に応えると、はころころと笑った。
ロイエンタールは漁色として名を馳せてはいても、その殆どは女の方から寄ってくる。パーティーともなれば、貴婦人が放ってはおかないだろうが、今日ばかりはロイエンタールの方が、あえて剣呑な雰囲気を装ってそれらの煩わしさを避けていた。
おかげで暇を持て余していると思ったらしいキルヒアイスに子守を言い渡されたわけだが、それについては言っても意味がない。不可抗力と言うやつだ。


「綺麗に着飾ったご婦人方が、さっきから提督のお相手を狙っているようですのに。」
「知らないな。」


もちろんロイエンタールは知っていた。ロイエンタールの場合、他の僚友に比べて女性の知人が多い分、一人に声をかければそれに対して平等に振る舞わねばならない。知らないふりをしているうちは、こちらには非礼が無い、と、些か無責任な考えから、本日は壁の花に徹していたのだ。


「フロイラインの周りにも、どうやら声をかけたくてうずうずしている輩が多いようだな。」
「まさか。」


同じように切り替えしたロイエンタールに、は、こちらは本心からそう思っているように見える表情と口調で即答した。
どうしてもが素直に驚いているように見えないのは、ロイエンタールの奇妙に歪んだフィルターのせいで、数多くの女性、数多くのタイプを目の当たりにし、女性の行動には常に裏が存在するとし考えているためであった。むろん、ロイエンタールとて、すべての女性に裏があるとは思っていない。裏がない女は考えるほどの能力ももっていないと、頭ら蔑んでいるのだ。
ロイエンタールにとって女性は、常に男の気を引こうと努力する哀れなイキモノであり、だからこそこちらもそのつもりで適当な付き合いをする。
もちろん、はそのどちらにも属さなかった。
殆ど唯一とも言える自身の上官が溺愛する少女に手を出さなくても、ロイエンタールには吐いて捨てるほど夜の相手をする女はいたし、第一ロイエンタールは童女趣味ではない。
が子供か大人のどちらに属するかといえば、一番微妙とも言える年齢ではあるものの、そういった趣味嗜好の話を抜きにしても、彼女はロイエンタールにとって異質であると同時に酷く関心を引かれる存在であった。
は自身を囲む大人の思惑に、恐ろしいほど敏感であると同時に、ある一方向―言うまでもなく、男女の恋愛と言うもの―に関しては酷く鈍感だった。それは、彼女の幼馴染でもあり、ロイエンタールの上官とも共通する点であったが、美しく頭もいい少女の立ち振る舞いとしては、ロイエンタールの目に酷く異質に映ったのである。
年齢的な問題と言えばそれまでだろうが、十五を過ぎれば貴族の令嬢など、家庭教師を初め、何かをするついでに火遊びを覚える年齢である。
異性の目を気にする年頃に、それについて無関心というには、は説得力が無かった。もちろんそれは、の表面的問題、つまり容姿に言わせると、ということである。
別の視点から考えれば、なんともない。単に、周囲を囲む下心の塊など、恋愛対象以前の問題として意識にも上らないだけなのかもしれない。
なにしろは、古代の名工が生み出した黄金比率もかくやという美貌の持ち主であるラインハルトやキルヒアイスの幼馴染であり、自身の美しさも含めば「美貌」というものに見慣れている。そんな彼らでさえも恋愛対象として認識していないのだから。


「どうかしました?」
「――いや。」


を観察する、ロイエンタールのやや不躾な視線に、は困ったように笑って問いかけた。普段は女性に対して完璧なエスコートを崩さないロイエンタールだが、どうもを前にするとそれも崩されてしまう。
少女の声に、長い思考回路から引き戻されたロイエンタールは、手にしたグラスをテーブルに置き、の白い手からも同じようにグラスを奪った。飲みかけのカクテルを飲み干し、その甘さに少しだけ眉をしかめて、に向き直る。


「一人で踊っていてもつまらなかろう。フロイライン、一曲お相手願う。」


にやりと笑う表情の中で、左右色の違う目が不遜な色をともす。ロイエンタールはその行動に驚いているの手を取り、軽く口付けた。僅かに上がった周りの嬌声は―中には男の抗議の声も含んでいたが―聞かなかったことにする。
は引きつったような笑みを浮かべて応えた。


「私、習ったきりで、実際に踊ったことはないんですけど…。」
「何、リード次第でどうにでもなる。」


何となく、非の打ち所が無いというような噂が一人歩きしているが、踊ることに対してその整った顔を引きつらせているのが面白くて、キルヒアイスとはまた違った強引さをもって、ロイエンタールはの背中に手を回した。流石にそこまでされると、相手を蹴り飛ばして逃げ出す以外に方法はない。
としては、そこまでして断る必要も無かったし、どうせラインハルトやキルヒアイスが話を終わらせるまでは特にすることも無いのだ。
時間つぶしと、練習のつもりで、ロイエンタールの腕に手を伸ばした。


「言っておきますけど、本当に初めてなんですからね?後で呆れないで下さいよ?」
「さぁな。さっきから見てたが、一人ワルツは悪くなかったぞ?」
「一人なら、相手の足を踏む心配が無いじゃないですか!」
「侯爵令嬢が聞いて呆れるな。」
「もう、呆れないで下さいって言ったのに!」


がぷっくりと頬を膨らませて苦情を言えば、ロイエンタールは音楽に合わせて一歩踏み出しながら、口元だけを吊り上げて笑った。


「まぁいい。どうせ後でキルヒアイスや閣下と踊るのだろう?その時足を踏んで恥をかかないよう、せいぜい練習台になってやる。」






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2007/09/17 



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