Replica * Fantasy







星を砕く者編 01




Take me back to the land where my yearnings were born
−私の憧れが生まれた場所へ、私を連れ帰って欲しい−





日が落ちて、ゆるゆると暗くなってきた街に、ぽつぽつと明かりが灯り始めていた。
貴族の屋敷が立ち並ぶこの地区には、住んでいるものたちの無意味に高いプライドに比例しているのか、建物も無駄に豪奢な装飾や大きさを持っていて、圧迫感が拭えない。
 昔住んでいた下町とは、随分と雰囲気が違うなと、ラインハルトは珍しく、車の後部座席にかけて、流れていく街の情景を見ながら思った。
オレンジ色の空と夜の闇が溶け合うように、脳裏に酷く懐かしい情景が溶け込んでくる。
瞼を軽く閉じると、その向こうでは金色の髪を翻した少女が此方に呼びかけてくる。


「ラインハルト、夕食の時間よ。手を洗ってきなさい。ジークも良かったら食べていって。遠慮するものではなくってよ。あぁ、の手を洗ってあげてね。」


 青い服に白い清潔なエプロン。
今は後宮に身を置く姉が、穏やかに笑って垣根の向こうから笑いかけてくる。
 自分ともう一人は短く返事をして、駆け出そうとするが、不意にシャツの端を引っ張られる感覚に、思い出したように振り替える。
 そうすると、いつもそこには小さな女の子がいて。
自分や姉とは対照的なまでに、銀色に輝く癖の無い髪の毛が、さらさらと揺れている。
そのくせ、彼女の目は親友の髪にも負けないほどに鮮やかな光を放っていた。
その彼女が、片手でラインハルトのシャツを掴んだまま、キルヒアイスに向かってもう片方の手を伸ばす。


「ジーク…ラインハルト…」


人見知りをしているわけではないのに、はいつも自宅近くになると言葉少なにラインハルトやキルヒアイスに向かって手を伸ばしてくる。
 何を不安に思っているのか、ラインハルトとキルヒアイスには何となく想像が出来たが、あえていつも気付かないふりをしていた。


「あぁ、。疲れたのかい?」
はまだ小さいからな。」


親友が、まだ童女の領域に住む小さな女の子を抱き上げる。
抱き上げられたは、少し怯えたようにキルヒアイスの首にしがみついて、親友は少しだけ苦しそうな表情になる。
 自分より高い位置に上がった少女の顔を見上げて、続けてラインハルトはキルヒアイスの顔を見て、ふっと笑った。
思えばこの頃からキルヒアイスは背が高かったな、と思う。
 呑んだくれの父親―そう認めるのは非常に癪なのだが、事実は変えられないのだからしょうがない―に連れられて、この街に越してきたとき、アンネローゼに連れられて隣人に挨拶に行った。
キルヒアイスとに出会ったのは、そのときだ。
 はキルヒアイスの向かいに、住んでいる。
一緒に住んでいるのが母親なのかどうかはよく分からないが、ラインハルトからするとその女はどこかに対して遠慮している節かあるように思えた。
聞けば彼女の母親はどこかの令嬢で、を生んだ直後に夫を亡くし、その後再婚させられることがイヤでまだ乳児であったを抱えて飛び出してきたのだという。
 母親は程なくして連れ帰られてしまったが、幸いにもは隠されたまま気付かれることなく、翌朝、事態を心配して訪れたキルヒアイス夫妻に保護され、それから4歳になるまではキルヒアイス家で育てられたのだそうだ。
「だそうだ」というのは、キルヒアイスもはっきりとは聞かされておらず、ラインハルトはさらに又聞きになったからで、実のところ二人とも詳細はよく分かっていない。
 とにかく、ある日を境に向かいに越してきたはずの乳児が家で暮らすことになり、彼女の母親は忽然と失踪してしまった。
だけど時折手紙が来て、赤ん坊の詳細を尋ねてくる。
キルヒアイスの父親と母親は律儀にそれに対応し、綺麗な銀色の髪をした赤ん坊のことを書き記す。
どうやら彼女の母親は、自分たちが家から逃げ切れることなど出来ないと分かっていたような節があって、だけど自分の娘だけは自分が逃れられなかった家から、何としても守ろうとしていたのではないかと、後々キルヒアイスの両親は語っていた。
どちらにしてもそれらは推測に過ぎず、は母親の記憶など殆ど無いままに育ち、そしてが4歳を越える頃には何処からともなく「お嬢様のお母様の乳母」とかいう、何だかよく分からない女が現れて、あっけなくキルヒアイスからを奪っていってしまった。
 もちろん、連れて行ってしまったといっても、キルヒアイスの家からもとの家に戻っただけだったから、向かいに移っただけなのだが、それでも一つの屋根の下で暮らしていた妹が、突然別の家に連れて行ってしまわれたのだから、納得し難いものがあったのは無理も無い。
 その時を思い出すと、今でも釈然としないが、ラインハルトが隣家に越してきて間もなかったため、新しいことばかりで幾分か気分が紛れたのは言うまでもないかった。
 もちろん、ラインハルトやアンネローゼからしても、隣家の娘だと思っていた少女が実は斜め向かいの家の娘のなってしまったことに、酷く驚いていたのだが。


も食べていくでしょう?」


 キルヒアイスに抱えられたに、アンネローゼが微笑むと、それまでキルヒアイスにしがみついていたも花が綻んだように微笑む。


「心配ならアンナさんには私から連絡をしておくわ。ラインハルトもジークも、がいたほうが楽しいでしょう?」
「ねえさまも、がいたほうが楽しい?」
「もちろんよ。」


 ほほえましい光景だ。
最早いつもの合言葉となった会話に、ラインハルトもキルヒアイスも笑みを零す。
アンネローゼとラインハルトが五歳離れているのと同じく、キルヒアイスとも同じだけの年齢を隔てていた。
 だから、というものおかしな話だが、同じ歳のラインハルトとキルヒアイスは一種同盟めいたものを抱き、アンネローゼが自分たちに無償の愛を注いでくれるのと同じように、に対して庇護欲を抱いていた。
それが、がキルヒアイス家から出て、向かいの家に移ってから笑顔が消えたことと無関係だとは言えないだろうが。






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2007/06/03 



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