その可能性よりも、むしろ自分に手に入れるだけの度胸が無かったのだと気付いたのは、随分してからのことだった。 だけど、あの時にの手を取ることが、ラインハルトにはどうしても出来なかったのだ。 彼女を傷つける原因を作ったのは、他ならぬ自分自身であったし、今まで大事にしてきた存在を、そういう風に壊したくなかった。 きっと、があのときキルヒアイスの手を選んだのも、おそらくラインハルトと同じ心理作用があったのだろう。 そうであって欲しいと、心のどこかでラインハルトは思っていた。 そう思っていなければ、自分と彼女を繋ぐものは、多分何も無くなってしまうだろうから。 がキルヒアイスを選び、ラインハルトがヒルダを選んだのは、感情以前の問題だったのだ。 そうでなければ、とラインハルトは手に手を取って傷の舐め合い、破滅の一途を辿る羽目になったのだろうから。 それだけ、ヴェスターラントの一件は深い傷となって残っているのだ。 一夜明けた朝、ヒルダはこっそりとラインハルトの私室をあとにした。 ラインハルトは僅かなタイムラグの後、ヒルダの元へ向かったのだが、それを知っているのは親衛隊長のキスリングと、もう一人だけである。 早朝から身支度を整えて外出の用意をしたラインハルトは、まさに今、キルヒアイスの私室から顔を覗かせたと、鉢合わせてしまった。 双方、刹那のうちに気まずい空気が流れた。 互いが互いに、罪悪感めいたものを憶えたが、しかしそれが表面化することは、一切無かったのだ。 「――眠れたか?」 「うん。ジークが一緒だったから。」 未だ可憐で愛らしい風体の少女に、ラインハルトは少し安堵したように笑って、その銀糸に手を伸ばす。 普段であれば、その一言に隠された意味を、ラインハルトは深読みしないように全力を傾ける必要があったかもしれない。 だが、このときばかりは、驚くほど素直に微笑むことが出来た。 「ラインハルトも、早いのね。出かけるの?」 「――ああ。公務までには戻る。」 対するも、小さく微笑んだ。 その目元が腫れているのは、やはり昨日の一件のせいなのだろう。 ラインハルトが僅かに眉を寄せての目元に触れれば、彼女は少し驚いたように触れられた方の眼だけ伏せて、そして、もう一度微笑んだ。 「大丈夫。私、逃げないわ。」 既に逃げ出し、縋ってしまったラインハルトとは異なる強さを持って、は凛と彼を見上げる。 その輝きが眩しくて、ラインハルトはを直視することが出来なかった。 ああ、だから。欲しいと望みながら、絶対に手に入れられはしないことを、知っている。 というよりも、ラインハルトは最初から自分にその資格が無いことを、知っているのだ。 |
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