Replica * Fantasy







痛いって、誰も教えてくれなかった




 高く跳躍をする。
下を見れば、地面まではおよそ15メートル。
標的の、レベル1のアクマの群れまでは7メートルといったところか。
 十分射程距離だと確認してから、イノセンスを発動する。
 みしみしと音を立てながら自分の皮膚を硬化させていくイノセンスに、は陶酔したような光を宿した瞳で敵を見やった。
 この、体を侵食されていくような感覚。
自分のイノセンスは装備型のはずなのに、それはあたかも適合者であると同化をはかるが如く、侵食していく。
 本当なら跳躍と同時に、否、それよりも前に戦闘体制に入っていなければ、こちらに攻撃をされてしまうだろう。
 しかしはあえて跳躍をしてから自身のイノセンスを発動した。
同時に取り出したのは、今回の任務用に作らせたダウン・スターという、無数の棘を仕込んだ鉄球だった。
鎖に繋がれたそれを軽々と振りかざしながら、はまるで重力を無視したかのように、ひらりと舞い上がり、ダウン・スター−暁の星−で宙に浮いた球体状のアクマを薙ぎ払う。
防御一辺倒のイノセンスに魅入られたは、攻撃分野においての武器をその任務に合わせて教団に作らせている。
それはもう見慣れた光景でもあるが、人間の手で作られた武器であるだけに、限界も早い。
重力を無視して舞い上がったが、今度はその重力を利用して地上のアクマに攻撃をしようと、器用にも空中で体制を整えようとした瞬間、アクマの群れはそろって先制攻撃を仕掛けてきた。
千年伯爵特製の、強すぎる毒素を持った血の弾丸が、雨となってに降り注ぐ。

っ!」

 それほど遠くも無く、たいして近くも無い距離から声が上がり、は一身にその攻撃を受けながら、のろりと首だけを動かした。
 今回の任務の相棒となっているアレンが、アクマによる攻撃を避けようともしない自分に向かって、無謀にも敵に背を向けてこちらに来ようとしているのが見える。
 その背後ではレベル1のアクマが、こちらと同じようにアレンに向かって弾丸の雨を降らせようとしていた。
 それを認識した瞬間、は言葉より先にイノセンスを更に解放させた。
今までは己の体を覆うように皮膚を硬化させていたイノセンスは、彼女の右腕に絡みついた鎖ごとその範囲を広げ、暁の星がまるでの体の一部であるかのように武器の強化を図ったのだ。
 それは決して比喩的な表現に留まらず、今までは慣性の法則との物理的な筋力によって操られていた暁の星は、まるで意思を持ったイキモノそのものの動きでアレンの背後に迫ったアクマを薙ぎ払った。
 同時に、アレンは自身のイノセンスをそれまでのレーザーナイフ状のものから変化させ、夥しい光の槍を発射する。
同じくの背後に迫っていたアクマの群れを狙い、攻撃は寸分の違いも無くをすり抜けて、本能に従って攻撃をしてくるアクマに降り注いだ。
 絶え間なく注がれる毒をはらんだ銃弾に、二人の、特殊な繊維を使った団服もぼろぼろになっている。
 あえて違いを言うとすれば、イノセンスで身を守ることが出来るに対して、アレンはその術を持たないと言う一点だけで。
 体内に寄生されたイノセンスのおかげで、その毒に犯される心配は無いものの、出血は免れない。
 互いの背後の敵に照準を合わせた二人のエクソシストは、自然と相対する形になる。
奇妙な戦況図だなと、アレンは思った。
しかし悠長なことを考えているヒマは無い。
レベル1はたいしたことはないとはいえ、物理的な数はそれなりに力になる。
気合を入れなおして、新たにイノセンスを変形させたとき、一瞬だけアレンとの目が合い、その視線の強さにアレンはたじろいてしまった。
反駁を許さないその視線は、もうこれ以上付き合いきれないと語っている。

「アレン!!」

 ひときわ凛とした声が耳を貫き、はアレンの頭上にダウン・スターを放った。
とっさに、それをイノセンスで打ち抜けば、想像以上の破壊力を持ってそれがはじけ飛ぶ。
瞬間的に起こる、閃光と爆音。
の放った暁の星は、彼女のイノセンスの名残をまとったままで空中で飛散し、その細かい破片はまるで吸い込まれていくかのように群れたアクマを貫いていった。
 鉄球それ自体は人間の手で作られたとしても、エクソシストとイノセンスによって強化されれば、それは立派にアクマを破壊する力となる。
 良きにせよ悪きにせよ、応用とはそういうものなのだ。
 灰となって消え去っていくアクマの群れの中で、アレンはぺたりと腰を下ろした。
さすがに、死に至ることがなくても、あれだけ撃たれれば体力の消耗は無理もない。
 だが、はつかつかとアレンに歩み寄ると、それを労わる気配も無く、ぱんっと乾いた音を立てて、その頬を叩いていた。
 あっけにとられたアレンが抗議の声を上げるより早く、は氷点下の視線と絶対零度の微笑み、そしてドライアイスで出来た刃で切りつけるかのごとく、冷然と少年エクソシストをみやった。

「アレン。どういうつもり?」

 言っている意味が分からず、どう答えたものかと眉をしかめれば、は呆れたように腕を組んで、行儀も悪くアレンの前に胡坐を書いて座り込んだ。

「無駄に、アクマの銃弾に当たって、何がしたいわけ?」

 アレンに自虐の趣味があるなんて知らなかったよと、は冗談のような台詞を、冗談に聞こえない口調で淡々と連ねる。
 双方共に自身のイノセンスを解放して納めてから、は座り込んだアレンの正面にしゃがんで、出血で汚れたその顔を自分の方に向かせた。

さんっ!痛い痛い痛いっ!」

 ぐきりと間接が鳴るほどに容赦なく首をむかされて、無数のアクマの攻撃を受けても悲鳴一つ上げることが無かったアレンは、ごく素直に悲鳴交じりの抗議の声を上げた。

「ほぅ。アクマの攻撃は痛くないのに、あたしの仕草は痛いのか?」

 もういじめを楽しんでいるとしか考えられない行動とそれに伴う言葉を、ごくさらりと言っては、は酷く冷めた視線をアレンに投げかけた。
 ようやく解放されれば、アレンは後頭部の真下あたりを押さえて、目の前で仁王立ちになった先輩エクソシストを、恨めしそうな視線で見上げる。
 しかし、いつもはムードメイカー的な存在で周りを楽しませるも、今回ばかりは真剣な表情で。
 相手は言い訳は聞かないと、最初から態度で示しているが、アレンはそれでも言い訳めいた言葉を口にせざるを得なかった。

「別に、僕はイノセンスの力で死ぬことは有りませんから、当たったって問題は無いでしょう?」

 相手の反応の出方を見るように、おずおずと放たれた言葉。
それに、は非常に嫌そうな笑みを浮かべてアレンを視線だけで射殺す。

「へぇ。死なないから、わざわざあたるの?」
「そうです。何か問題でも有りますか?」
 
 とは、聞ける雰囲気ではなった。
 本当に自分がそう思っているのなら、他人に何を言われても、こんなに後ろめたくはならないのだから。
 無言でアレンが視線を泳がせると、は意地悪く笑って更に言い募った。

「じゃあ、アレンがあたしを庇って攻撃したのも、無意味な行動ってことになるね。」

 あたしはノアなんだよ?

 次いで告げられた言葉。
その言わんとしていることは、明白だ。
アレンがアクマの銃弾を受けても平気なように、はノア特有の自動修復とも言える回復力の力で、死ぬような事態にはならない。
 だが、それだけではなく、「ノア」という存在に対して、非常に複雑な感情しかもてないアレンは、の言葉に酷く痛そうに眉を寄せた。
 分かっていて、も言葉を紡ぎ続ける。

「アレン。もっと周りのことを考えるべきだよ。あんたやあたしは当たったって死なないから問題はない。だけど、それを知らないサポーターが打たれたアレンを見て、どう思うか考えたことがある?」

一瞬の油断が死に直結するんだよ。
あんたに気をとられたせいで死んだ人がいないって、言い切れるの?

 アレンに何かを諭すなら、本人より巻き込まれる人間の存在を示した方が効果的であることを、は知り尽くしている。
 それは見方によっては卑怯とも取れる行為であるが、事実でもある以上、一人でも死なせないためには必要な言葉だった。
 言葉を返せないアレンに、はなおも続ける。

「現にアレンだってあたしが今打たれたとき、驚いていた。あたしはノアの血を引いてるから、アクマの弾丸程度じゃ死なない。それをあたし自身は熟知してる。今更口外するような事実でもないからね。でも、アレンは驚いた。あたしが死ぬんじゃないかって、一瞬だけでも心配した。同じことが自分にも言えるって、どうして分からないの?」

 最後の語尾には、優しい響きが続いていた。

「それにね、アレン。」

眉根を寄せたまま厳しい顔をしているアレンに、は視線を合わせるように屈み込む。
 お互い、もう傷は治っているが、出血の跡や攻撃時の爆炎ですすだらけだ。
汚れてぼろぼろになった姿に、は苦笑のような笑みを見せると、うつむき加減だったアレンの髪を掻き揚げて、その考え込んでしまった顔を覗き込んだ。

「打たれたら、痛いんだよ。わざわざ痛い思いをしなきゃいけない理由ないなんて、無いんだよ。」

 触れられた手と、慰めるような口調。
促されるままに視線を上げて、目の前の存在に、アレンは短く息を呑んだ。

「呪われてたって、ノアだって、打たれるときは痛いんだよ。」

 いつの間にか、養父の呪いの証をなぞる手は、白から黒に変わっていた。

「その痛みが、罰になるんじゃないんだよ?」

 見慣れたその顔の額には、漆黒の十字が並んでいた。
目を見張るアレンに、はなおも微笑を絶やさない。
 それは慰めるような、どこか切ない表情で。

「………」

 アレンはそのまま、向かい合ったの肩に額を預ける。
がくれた言葉は、断罪のような赦しのような曖昧な甘さを含んでいて、まるでイノセンスのような不思議な侵食感を持って響いてくる。
 泣きたくなるのをこらえて、アレンは静かな声で、一言だけ答えた。

「でもね、さん。誰も僕に教えてはくれなっかったんですよ。」

 それが『痛い』って、誰も教えてくれなかったんです……。






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2006/09/28 



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