Replica * Fantasy







髪かわかしてあげる




 何だかもう色々と、デスクワークも飽きてしまったから、綱吉は久々に室内プールに足を運んだ。
 大して泳げるわけでもないけれど、気分転換のつもりだったし、誰かと競うわけでもないのだから、特に気にすることもない。
 水着に着替えて、タオルだけを首に引っ掛け、プールサイドへ足を運んで。そして綱吉は思わず絶句した。


「――なんでプールの真ん中に足が生えてるわけ?」


 気分転換に来たはずなのに、一瞬にして疲労ゲージが臨界点を突破したような気分になったのは、多分気のせいではないはず。
 思わず踵を返して、見なかったことにしようと思ったのに、それよりも早く、水面から突き出した足の持ち主は身体の上下を反転させて、ザバーっと音を立てると、今度は水面に上半身を現した。


「息続かないーっ!!」


 そんな叫び声と共に顔を出したのは、綱吉がひっそりと予想した相手そのものだった。
現在彼の被保護者となっているは、長い髪をでろーんと顔から身体から張り付けて、大変なことになっている。
髪を結んでいなかったのか、はたまた結んでいたゴムが切れてしまったのか、意表をついてリ○グごっこをしていたのか、綱吉は理解に苦しむ。
 が、考えても拉致が空かないので、彼はに直接聴いてみることにした。


?今のは犬神家○一族ごっこ?それともリ○グごっこ?」
「ボスは発想が貧困で困るなぁ。今のはね、ウォーターボーイズごっこだよ!」


 びろーん、と。自らの髪によって視界を大幅に狭まれたは、両手でそれを退けながら綱吉の姿を捉える。
 そのまま、腰まで届く長い黒髪を、まるでワカメのように漂わせながら、はのったらのったらと綱吉の方へと泳いできた。
 そして、ようやく思い出したかのように首を傾げる。


「ボスこそどーしたの?珍しいね、仕事サボるなんて。」


 いかにもらしい言葉に、綱吉は苦笑を浮かべただけで答えなかった。
代わりに、をプールサイドに引き上げてやるべく手を伸ばしてやれば、は素直にその手を取った。そして。


「おりゃっ!!」
「残念でした。」


 はそのまま、逆に綱吉をプールに引っ張り込んでやろうとしたが、その行動を読んでいたらしい綱吉は、同じ様に腕に力を込めてそれを相殺し、更にのもう片方の手を掴むと、そのままを持ち上げた。
 びろーん、と。プールサイドに上げてもらうどころか、プールの上で両手を掴まれて宙吊りにされてしまったは、恨めしそうに綱吉を眺める。


「つまんなーい!」
「俺を落として楽しまれてもねぇ…。」
「だって、みんな忙しそうなんだもん。だから一人ウォーターボーイズとかしてたのに、ボスが丁度よく来たから、遊んでもらおうと思ったのにさ!」
「せめて二人で楽しめる遊びにしませんか?さん。」
「遊んでくれるの?」


 綱吉が思わず溜息をつけば、は宙吊りにされたままで少しだけ期待に満ちた視線に変えてくる。
 つまるところ、彼女は一人遊びに飽き飽きしていたのだろう、と。
綱吉が理解するまで、それほど多くの時間はかからなかった。
 客観的に見ても主観的に見ても、ボンゴレのメンバーはを溺愛している。
だけど、誰もが四六時中に構っていられるわけではない。
 彼らの都合で、は学校にさえ行っていないから、誰にも構ってもらえないということは、さぞや退屈なことなのだろう。
それでも、文句の一つも言わないのは、彼女の性格なのだろうけれど。


「――分かった。相手するよ。だけど、プールはもうお終いね。」


 綱吉は済まして答えると、ようやくの足をプールサイドに付けてやった。
宙吊りにされていた時間はそんなに短くは無かっただろうけれど、それでも自分の全体重がかかった肩の関節の様子を伺うように、はぐりんぐりんと回しながら綱吉を見上げる。


「えー、もう終わり?じゃあ何するのさー?」


 は何だか不満そうだ。
だが、綱吉はその手を掴んで吊り上げたときに、気付いたのだ。
の指先が、白くふやけていることに。
どれくらいの時間、一人でプールを漂っていたのかは知らないが、もう水の中は充分であるはずだった。
 綱吉はの手を掴むと、ゆったりと足を進めてプールサイドに設置してあったサマーベッドの一つに腰を下ろすと、両手を広げてに向き直った。


「ボンゴレでは、気分転換には竹寿司直伝の手巻き寿司パーティーって決まってるんだ。みんなに声かけて、夜は手巻き寿司にしよう。」
「やった!」
「だから、こっちおいで。髪かわかしてあげる。」
「うん!」


 スキップでもしそうな勢いのに、綱吉がタオルを広げれば。
はまた嬉しそうに笑って、綱吉の手を取った。
 少しの気分転換のはずが、大掛かりなお楽しみになってしまった、と。
綱吉は自分で提案したことに、少しだけ苦笑を滲ませた。
 やらなきゃいけないことは沢山あるけれど、それでも、嬉しそうなの顔を見れば、それもたいしたことではないように思えてくる。
 結局のところ、自分も例外ではなくを溺愛しているんだな、と。
綱吉はその柔らかい髪に触れながら、肩をすくめた。






<< Retune | back | Next >>


拍手掲載期間 2008/10/10 - 2009/11/29



(C) 2005-2009  Replica Fantasy 月城憂. Some Rights Reserved.
inserted by FC2 system