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海賊の娘になってみました




 そんな訳で、シェラの身元引受人はすんなり決まったが、かくかくしかじかと立て続けに死人が三人よみがえり、冷凍保存されていた女性が目覚め、リィやルウによってセントラル星系が消滅の危機に陥ったりなど、中々忙しい状況が続いたためにはその間、完全に放置されてしまった。
しかし、ルウはの後見人のことも忘れていたわけではなく、ようやく後見人候補と交渉を始めたらしい。


「あのね、キング。一つお願いしたいことがあるんだけど…」


 ルウの暴走の事後処理も粗方終わり、やれやれと思ったその日のうちに、今度はダイアナがパラス・アテナを最新型へ改良するために、その試運転にと連れ出されたケリーは、借り物の船の操縦席に沈みこんでいた。
細かな調整とその度に行われる試運転の丁度合間に現れた今回の事件の張本人と、その彼にしがみつく様にくっついていた小さな少女は、実にタイミングが良かった。
 その子供を前に押し出しながら、ルウは可愛らしく首をかしげてケリーにお願いしてきたのだ。
大の大人が、しかも男が首を傾げて、これだけ自然に見えるのもこの天使だけだろうなと、ケリーは苦笑する。
同じ年頃の男が同じことをしたとこで、不快に思うだけだろう。


「いいぜ。おまえさんには借りが山ほどあるからな。俺に出来ることなら何でも引き受けてやるさ。」
「ありがとう。あのね、この子の保護者になって欲しいんだ。」


 背中を押し出されるようにケリーの前に出されたは、壁のように立ちはだかるケリーを見上げて目を丸くした。
 首が座っていない乳児のようにかっくりと首を仰け反らせているに、ケリーは少し笑う。
きっと、今この瞬間に背後に回ったなら、彼女の首はとても切り易かろう。
もちろんそんな物騒なことを考えてしまったのは、些か好戦的な気分が抜けなかったからである。


「隠し子かよ、天使。」
「うん、僕の可愛いお姫様だよ。」
「ルウってば…」


 ニヤリと笑って言われた言葉も柔和な笑みで受け流すと、は困ったようにルウに振り返り、ケリーを見遣る。


「お姫様ね。お前は、ラー一族なのか?」


 なんだかんだ言って、ラー一族と長い付き合いであるケリーは、特に驚いた様子も無く、くしゃりと小さな頭を撫でた。


「いいえ。私は人間です。」


 そりゃあもう、交じりっけ無しの100%純粋培養の人間だ。
周囲に人外生物的存在が多いせいか、はやたらきっぱりきっちりと述べたつもりだったが、ルウは面白そうに一言付け加える。


「シェラと同じだけどね。」
「シェラ?月天使のことか?」


 もう一人、人間だと言い張りながらも常識を逸した存在であり、ラーの古い神と同じ容姿を持った少年を思い出しながらケリーは反芻し、そしてははぁと笑う。


「つまり、ガイアが血相を変える類の人間か。」
「そのとおり。本人は自覚が無い上に謙遜してるから、そうは思ってないみたいだけど。」
「私はそんな大それた人間じゃないもの。」


 ルウの言葉を無意識に肯定して、はぷいっとそっぽを向く。
ルウは笑っただけで、後ろからを抱きしめてケリーを見上げた。


「そんなわけで、この子の後見人になってくれると助かるんだ。エディの所にはシェラをお願いしちゃったし、僕が保護者だと年齢的に無理があるしね。だからと言って、ヴァンツァーやレティシアみたいにでっちあげた身元だと、何かの時に心配なんだよ。」
「ルウ、それって贔屓じゃないの?」
「贔屓はいけない?それに君にはいつか帰る世界があるんでしょ?それなら無事でいなきゃ。あの二人はすでに死んでるから、この先何時死んだとしても問題はないし、何より自分を守るだけの力がある。自立していてもおかしくない年齢だしね。はエディたちに合わせて中学生になるんだから、保護者が必要なんだよ。」


 にっこりと言われてしまえば、言い返せる訳もない。
ましては庇護を受ける立場であり、注文をつけられる側ではないのだ。
 こちらが悪いと思っても、相手がそうしてくれるというのなら、好意に乗るのが礼儀というものだろう。
諦めつつも、そちらはそれで構わないのかと、が縋るようにケリーを見上げれば、壁のような長身の男は、一つ肩を竦めて頷いた。


「心配しなくてもちゃんと引き受けるさ。」


 いや、そういう意味ではないのだけど、とほんの少し笑えば、ルウがいかにもというように頷いた。
どうやら自分の預かり知らぬ所で交渉は成立したらしい。


「学校で保護者関連の行事の時に顔を出して欲しいんだ。お金に関しては、前にあなたに貰った株があるから、それを使って貰うし。」
「おい、馬鹿を言うなよ。それこそ、そういうものは保護者の役割だろ?こっちが持つからあの株はお前が自分のために使えって。」
「あんなにあっても使いきれないよ。だから、そう思うならしっかり働いて配当金を上げてね。」


 ケリーが大手を振って人前に出られる状態ではないことを知った上でぬけぬけと言うルウに、思わず苦虫を噛み潰した。
見ればも複雑そうな微笑を曖昧に貼付けている。


「じゃあ、今日からおまえはうちの娘な。」


 気を取り直して、呆気ない程あっさりとケリーが言えば今度はルウが何かを思い出したようで、少し首を傾げて問い掛けた。


「そういえばキング。今更だけどジャスミンに相談しなくても大丈夫かな?」


 相変わらずルウはを抱きしめたままで、しかもその顎を彼女のさらさらした白い頭に乗せている。
としては頭のてっぺんがごりごりしてやめて欲しいのだが、きっとルウは言ってもやめてくれないだろう。
彼はにこうすることがお気に入りなのだ。
 そんなに手放したくない程の溺愛っぷりならば、自分が保護者になってやればよかろうにと思いつつ、ケリーが答える。
どうせ年齢など、必要なときにだけ水増し出来るのだから。


「そういう心配は、普通は先にすべきだぜ、天使。まぁ、あの女なら大丈夫だろ。むしろ娘が出来たと喜ぶんじゃないか?」
「奥さんがいらっしゃるんですか?」
「居るには居るが、期待しない方がいいぜ?」
「えっと、そういう心配はしてないんですけど…」


 どうにも、がしている心配と、ケリーが抱いている危惧にはズレがあるらしい。
かみ合わない感覚に、がどうしたものかと思案していると、不意にケリーはルウの腕からを奪った。


「あぁっ!!」
「ひわっ!!」


 ルウの悲痛な悲鳴との驚きの声が重なる。
ケリーは片手で外見年齢十三歳の少女を抱き上げると、腕に乗せるようにして微笑みかけた。


「それじゃ、これからよそしくな。姫天使。」


 唐突であったことに加え、からすれば随分と高い位置に持ち上げられたせいで、ケリーの頭にしがみつくことに必至だった。
最も、反応が遅れたのは不意打ちに怯んだからだけではなく、その言葉自身に驚いたせいでもあったが。
 だが、は年齢に相応しい柔軟な対応力を備えていた。


「こちらこそ、よろしくお願いします!ケリーパパ!」


 にっこりと微笑みながら返された逆襲に、ケリーは一瞬固まった後に呟いたものだった。
曰く、「パパなんて呼ばれる日が来るとはな」と。






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拍手掲載期間 2008/10/10 - 2009/11/29



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