「「!」」 ラインハルトとキルヒアイスがの元を訪れ、とても軍人が貴族令嬢に対する応対ではない勢いでその寝室に突入したとき、はベッドの上に横たわって前後不覚に眠っていた。 その状態を、安堵と捕らえるべきか、危惧と捕らえるべきか。 兄と幼なじみの二役を兼ねる二人の青年は、一度だけ顔を見合わせて、今度は静かな足取りでが横たわるベッドに近付く。 穏やかに、緩やかに。 呼吸に合わせて上下する胸を見て、まずは安堵を。 そして、少し眉の寄った表情と、乾いた涙の跡を見て、危惧を。 「キルヒアイス…」 「何か、悪いことでは無いと良いのですけれどね…」 短い会話の後に、ラインハルトは深く溜息をつき、キルヒアイスは壊れ物を扱う手つきで、乾いた涙の跡を辿った。 実際、二人の感覚では、は壊れ物以外の何物でもない。 はラインハルトとキルヒアイスに、自分が抱える爆弾の話をしたことは無かったが、それを差し引いても彼等の眼には脆いガラス細工のようにしか見えないのだ。 ラインハルトもキルヒアイスも、決してが弱いとは思っていない。 むしろ、自分達が理想とする世界に近い芯を持ったことを、喜ばしいとさえ思う。 だが、彼女が持つ強さは、両刃の剣のようなものであり、強いからこそ脆い。特にそれが、ゴールデンバウムの貴族社会であれば、尚更。 だから、というわけではないが、ラインハルトとキルヒアイスは頻繁にと連絡を取ろうとする。 今朝、ヴィジフォンを入れたのも、彼等だったのだ。 元帥府へと向かう前であったから、時間が早いことは承知していた。 それでもは、寝ぼけ眼で微笑んでくれるはずだった。なのに。 「、何を抱えている?お前は何に苦しんでいる?」 ラインハルトは呟く。 呟いて、の柔らかい頬に触れる。 「ん…」 その手に反応したのか、不意には吐息のような声を漏らして、また少し、眉間に皺を寄せる。 そして、ゆるりと瞼が持ち上げられて、薄い涙の膜を張った紅い眼が、ラインハルトとキルヒアイスを捕らえた。 まだ、覚醒しきれていない紅い眼は、涙の膜の向こうに歪んだ、それでも些かも損なわない美貌の二人を捕らえて、そしては泣き笑いのようにふっと表情を緩めて、微笑した。 「よかった。」 は確かめるように、折れそうな程に、華奢な両腕を伸ばす。 さっきはぴくりとも動かなかったその腕は、今度はの意思に背く事なく恐ろしい程簡単にラインハルトとキルヒアイスに伸ばされて。 むろん、ラインハルトとキルヒアイスにそれを拒む理由など存在しない。 殆ど本能的な動作で自分に縋り付こうとする身体を、キルヒアイスはこれ以上無いくらいに大事に受け止めて、安堵させるように抱きしめる。 「よかった。」 キルヒアイスはを抱きしめながら、その頬に一度だけ唇を寄せて、耳元でと同じ言葉を呟く。 少しだけ覚醒したは、小さく「ごめんなさい」と呟いて続ける。 「いやな夢をみていたの。」 だから、もう大丈夫、と、微笑めば、また溢れた涙が零れ落ちて。 今度はは、それを拭う術を持っていたのに、彼女は構わずに、キルヒアイスに抱きしめられたまま、その向こうに見えるラインハルトに手を伸ばした。 小さく微笑んだラインハルトはその手を取って、開いた片手で涙を拭い、そして額にそっとキスを落としてやりながら笑う。 「よかった。」 まるで繰り言のように、とキルヒアイスが続けた言葉を。 夢見の悪い眠り姫が求めているのは、言葉ではなく、ただ『ここに居る』という、現実と存在であることを、知っていたから。 |
(C) 2005-2009 Replica Fantasy 月城憂. Some Rights Reserved.