いつか、『クロプシュトック家』は、ラインハルトを殺すよ、と。 いつか、『』という存在は、キルヒアイスを苦しめるよ、と。 誰かが囁いたような気がして、は納得したのだ。 どうしてそうなのか分からなかったけど、自分がそう思うだけの理由が、そこにはあるのだと感じたから。 だからは。 もう、だめだ、と、思ったのだ。 だから諦めてしまった心は、身体の機能を停止させてしまった。 時には、呼吸する事さえ危ぶまれるほどに、体中の器官が使えなくなる。 それは、筋肉が弛緩したり硬直したり、症状の現れ方も範囲も規模も毎回違うものであったし、精密検査を行った所で心因性の症状なのだから身体に異常が見られる訳でも無い。 とりあえずは「癲癇のようなものでしょう」と、精神科の医師が出した結論、それが、が抱える爆弾の正体だった。 心因性、ということは、つまり。心に起因するもの、ということだ。 の心が多大なる負荷を受けた、と判断すると、彼女の身体は動くということをやめてしまうのである。 それは、アンネローゼが皇帝フリードリヒ四世の後宮に召され、ラインハルトとキルヒアイスが軍の幼年学校へ進み、が彼等と決別することを決めた時から始まった、爆弾だった。 にとってはそれだけ、彼等との関係も、存在の大きさも、離れてしまったことが「負荷」なのだと、心が悲鳴を上げてしまう程に重要だったのだ。 だから、クロプシュトックで度々起こしていたその「発作」も、祖父の死と同時にラインハルトやキルヒアイスに再開してからは、面白い程ぴたりと止まっていた。 覚えが有る限りでは、祖父が皇帝の暗殺を試みたとき、その処分を負うために新無憂宮に呼ばれた時のみだったから。 それなのに。 は今、使用人も最低限度に絞ったクロプシュトック邸の自室で、まるで死人のようにベッドに沈み込んで、動けなかった。 原因は分かっている。 ただ、夢見が悪かった。それだけ。 はっと。目覚まし時計ではなく、無機質なヴィジフォンの音に起こされ、一気に覚醒した時には、自分の身体は動かなくなって、は零れた涙を拭う事も出来なかった。 しばらく鳴り続けていたヴィジフォンに視線だけを向けて、事態を把握しようと鈍った思考回路を巡らせたが、あまりうまくはいかなかった。 「久しぶり…」 は呟く。 寝起きで掠れた声が嫌に悲痛な響きを含んでいるような気がして、はベッドの上で少しだけ笑った。 その拍子に、また涙が零れたが、反射的に拭おうとした腕は、やっぱり上がらなかった。 仕方が無い、時間が経てばそのうち治るのだから、と。諦めて、深呼吸を一つ。 は、この時間が一番嫌いだった。 だって、考える事しか出来ないのだ。 しかも、心が負荷を受けて動かなくなった身体を抱えて。 そんな状態で、楽しい事を考えることなんて、出来ないから。 「――もう一度、眠ってしまおうかしら…?」 これは案外、良い考えのように思えた。 眠ってしまえば、余計なことは考えなくて済む。 問題は、眠れるかどうかであるが、睡眠は心の防衛手段の一つだ。 こういう時ばかり、感情よりも理屈を優先させることに慣れてきたは、唯一自由になる瞼を静かに閉じ、そして肺を満たした空気を全て押し出すように深く息を吐き出して、柔らかな布の感触に身を委ねた。 |
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