Replica * Fantasy







お伽話をしようか




「お伽話をしようか」


まるで女性のように美しい彼がそういったのは、いつのことだっただろう。
の記憶が正しければ、確かケイファードを目指す途中で夜営を張ったときだったと思う。
だから、自分が寝転がっている敷物も、上等なものではあったけど地面に直に引いたものだったし、天幕だって布一枚で出来たもので、今の世界からすればとても考え付かないような状態だ。
だけど、は不思議とそれを苦に思ったことは無かったし、ただ悠然と自分が置かれた状況を受け入れてきた。
それは、初めてこの世界に落とされたときからが繰り返してきたことであり、選択肢が与えられたものではなかったが、不思議と苦にはならないものだった。
あの時語られたお伽話は、たしかそれにも関連していたような気がする。
真っ黒の長い髪に、深い深い蒼の眼を持った彼は、にふわりと笑いかけて続けた。
昔々、星がまだ誕生する前に起きた、古い古い神々の間で起きた戦争の話を。
長い戦いの末に滅ぼされた古い神々のことを。
それに取って代わった、新たな神々の話を。
そして、裏切られていった三人の古い神のことを。


「その、命を作るための闇の神様と、太陽の神様と、月の神様が、ルウとリィとシェラなの?」
「さぁ、どうだろうね。」


が竪琴をかき鳴らすルウの側で、ころりと寝返りを打ちながら答えても、美貌の青年は曖昧に笑うだけだ。
敵国の王の腹に指を突き立てて得た戦利品の竪琴は、それはもう見事な作りで、だけどそれを巧みに演奏している青年の腕も、とても素晴らしかったことを覚えている。
とても同じ手が、生きた人間の首を捩切るような凶器には見えず、は不思議そうな表情で、妙なる音を紡ぎだす指を眺めていた。それは二カ国の王が聞き惚れるほどの腕前だったが、三カ国目の王が聞けば三カ国の王が聞き惚れるのだろうと思った。
ルウという人はそういう人なのだ。
は小首をかしげて考えながら答えてみる。


「でも、お話と同じね。真っ黒の髪に蒼い眼の闇の神様と、金の髪に碧の眼の太陽の神様、それから、銀の髪に紫の眼の月の神様。」


一人ずつ、順番に指を指してみれば、ルウとリィだけが静かに笑って、シェラは毅然として言い返してきた。


、真に受けないで下さい。ルウとリィはともかく、私はただの人間です。」


最早溜息とも言える呼吸を深く落として、銀の髪を短く揺らしたシェラは些か疲労感を漂わせる表情を此方に向ける。
だが、それを笑いとばして、リィが続けた。


「お前がそう思うのは無理も無いけどな、シェラ。ところが、続きがあるのさ。」
「続き?」


リィの言葉に、シェラではなくが反応して、お伽話の先を促す。
シェラは「まだ何かあるのですか?」といわんばかりに、ルウとリィに視線を向けた。
二人はお伽話を語る吟遊詩人の口調で、だけど口元に冷ややかな笑みを刻みながら、答えた。


「"闇は太陽と月を得て、命を育むものになる"。そうして、一番最初に生まれた命までが、新しい神々に奪われたのさ。白い髪に紅い眼の、『光の神様』がな。」
「そう。そして闇の神様はかなしんだ。悲しんで哀しんで、そして怒り狂った。太陽と月の神様を殺されて、その上ようやく生み出した光の神様まで奪われちゃね。」


言いながらルウは、それはそれは綺麗な顔をにっこりと微笑ませてを見つめる。
竪琴を横にやって、ルウは返す言葉も無く呆然と眼を見開くに腕を伸ばして抱きしめた。
自分自身の黒い髪との白い髪を絡めて、そしてそれを一筋すくって口付ける。
『その時のの顔は無かったな』と。
後からリィに笑われた。
『まったく、これで人事のようにお伽話を楽しめなくなりましたね』と。
シェラがくしゃくしゃの白い頭を撫でた。
『ただのお伽話だから、そんなに深刻そうな顔をしないで』と。
ルウがを抱きしめる腕に力を込める。
それはそれは、を愛しむように。
側で一緒にそれを聞いていた国王は、『"鳩が豆鉄砲食らった顔"というのはこんな顔なのだろうな』と、やはり固まってしまったを見てからからと笑っていた。
自身は少し考えこんでから一度シェラを見やって、少し困ったように笑ってから、先ほどのシェラと同じことを口にした。


「ウォル、真に受けないでよ。ルウとリィとシェラはともかく、私はただの人間だよ?」
、何度も言っていますが、私も人間です。」


厳かに、だけどキッパリとシェラが重ねて、とシェラはお互いの顔を見合わせた。


「うん。そうだよね。だって、シェラと私はルウとリィとは別の世界の人間だもの。それに私、今は白い髪だけど、もとの世界では光沢があったのよ?シェラと同じ銀髪だったの。だから違うと思う。」
「そうですよ。きっと光の神様も月の神様も、貴方たちの世界に居ます。だいたい、姿形が似ているからと言って決められるものでもないでしょう?」


どうあっても認めようとしない二人に、リィは肩をすくめて、ルウはを放すと、再び竪琴をかき鳴らしながら苦笑を浮かべる。


「まぁ、認めたくないのも分かるけどね。」


ルウはまたしなやかに指を動かして、歌うような声で続けた。


「でもね、僕とエディがこの世界に来たように、もこの世界へ来た。シェラが存在するこの世界にね。この三つの違う世界には、それぞれ当たり前の人間が住む世界で、ただし、まったく時間の流れが違う世界だ。には分かると思うけど。」


悪戯っぽく微笑むルウに、は困ったように頷く。
それは、確かだ。
自分が生まれた世界は、一つの星の中だけではなく、星の外でさえも戦争が行われている世界であったし、戦い自体も弓や剣が主となるものではなかった。
そして、ルウとリィはそういった、『大気のゆりかごに包まれていない空間』を知っている。


「そう、世界は無数にあるんだ。ただし、それは個人の意思によって自由に行き来が出来るわけじゃない。」


ルウの言葉に、リィが重ねる。


「だからそれぞれの世界の住人は、別の世界のことを信じない。あるいは俺を"戦女神"と呼ぶように、『天の住人』とかと認識するのかも知れないけどな。」


言いながら、リィは振り返ってウォルの頭をぐしゃぐしゃとかき回した。
先ほどの、ルウがにした行為より、幾分荒っぽい動作に、頭を撫でられたほうは抗議の声を漏らしたが、今は女性の身体を持つ『彼』は、お構い無しに続ける。


「だが、実際の世界はもっと大きくて隙間だらけだ。そして常に動き続けている。だから何かの拍子に世界がくっついて道が出来ることもあるし、その狭間に落ちて別の世界に飛ばされることもある。それは殆どが偶然の産物だけど、時には何かの力によって、世界と世界が引き寄せられる場合もある。本当なら、別々の二つの世界から同時にもう一つの世界に人が落ちるなんてことは、ありえないんだ。」


だから俺は、自分が落ちた別の世界に同胞が居ても何も驚かないし、やシェラが別の世界の住人でも、何も問題は無い。
飄々と、突拍子もないことを述べられて、とシェラは今度こそ本当に困惑した。
それを見てルウは楽しそうに笑いながら、リィをたしなめる。


「こら、エディ。そんなに苛めたら可愛そうでしょ。二人とも、そんなに固まらなくても大丈夫だって。これはただのお伽話なんだから。いい?お・と・ぎ・ば・な・し。」


結局のところ、それで丸め込まれてしまった。
本当に自分達がお伽話通りの生まれ変わりなら、リィとシェラは恋人同士のはずだし、はルウとリィとシェラの三人による共同制作物ということになってしまう。
それが神様のやり方だとしても、三人揃って男なのだから、にそのイメージが掴めるはずもない。
だいたい、そんな非常識なことがまかり通る訳もないのだ。
釈然としない表情をそのままに、はルウの腕の中で頬を膨らませた。






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拍手掲載期間 2007/09/30 - 2008/01/15



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